この記事が含む Q&A
- 不安にはどの非薬物療法が最も効果的とされましたか?
- マインドフルネス介入(MBI)が最も大きな改善を示しました。
- 抑うつにはどの介入が統計的に有意に効果があったと報告されていますか?
- 認知行動療法(CBT)のみが有意に抑うつを改善しました。
- 生活の質(QoL)にはどの介入が最も効果的と評価されていますか?
- 身体活動(PHYS)がQoLに最も大きな改善を示しました。
自閉症のある人は、日々の生活の中で、強い不安や落ち込みに直面しやすいことが知られています。
まわりの人からはわかりにくくても、胸の中ではいつも波のような緊張が続いていたり、言葉にはできない悲しさを抱えたり、心が休まらない感覚に苦しんでいる人は少なくありません。
そして、それらの状態は生活の質にも影響し、学校や職場での活動のしやすさ、人との距離感、家での安心感など、毎日のすべてに影を落とします。
薬による治療が選択肢になることもありますが、自閉症のある人に対しては効果が安定しなかったり、体への負担、副作用、長期間の継続しにくさなどの問題もあります。
そのため、近年は、薬を使わずに取り組む「非薬物療法」への注目が高まっています。
しかし、非薬物療法といっても種類は多く、「どれがどのような状態に効果が高いのか」「どんな人に合いやすいのか」が整理されておらず、家族や支援者も、そして専門家でさえ、判断に迷うことがありました。
今回、中国の吉首大学、ロシアのサンクトペテルブルク工科大学、北京体育大学、成都体育学院、西南大学など、複数の教育機関の研究チームは、こうした状況を変える大規模な研究を行いました。
世界の文献からランダム化比較試験(RCT)だけを厳密に選び、67件、3604人の自閉症の当事者を対象としたデータを集め、過去最大規模の比較分析を実施したのです。

研究チームは、薬を使わない介入を7つの種類に分け、それぞれが「不安」「抑うつ」「生活の質(QoL)」のどれにもっとも効果を発揮するかを統計的に比較しました。
さらに、子どもと大人での違い、介入の期間や内容の違いによる影響も細かく分析しています。
ここで示された結果は、支援の選択肢が広がっている今だからこそ、自閉症のある人と周囲の大人にとって大きな指針となるものです。
研究が分類した非薬物療法は以下の7つです。
- マインドフルネス介入(MBI)
呼吸や注意の向け方を整え、心の反応を落ち着かせる方法です。 - 認知行動療法(CBT)
考え方のクセや行動を整理し、困りごとの背景に気づきやすくする心理療法です。 - 行動・機能訓練(BEHAVE)
ソーシャルスキルや日常動作など、行動面を扱う訓練です。 - 身体活動(PHYS)
運動、ダンス、スポーツ、乗馬など、体を使った介入です。 - 感覚療法(SENS)
感覚刺激や水中運動、アロマなど、感覚を整える取り組みです。 - テクノロジー・家族介入(TAFI)
アプリ、ゲーム、VR、家族トレーニングなどを組み合わせた支援です。 - その他の介入(OTH)
動物介在、演劇、睡眠プログラムなどが含まれます。
そして研究の最大の特徴は、これらを「どれが一番効くのか」で並べただけでなく、「どの症状に、どの方法が相対的に強いのか」という細かな比較にも踏み込んだ点です。

まず、不安への効果を比較したところ、もっとも大きな改善を示したのはマインドフルネス介入でした。
不安は、体の緊張、予期不安、逃れたい気持ちなど、多くの形であらわれますが、マインドフルネスはこれらの反応をそのまま「観察できるようになる」練習を重ねることで、心の揺れを減らしていく働きがあります。
今回の研究では、マインドフルネスを受けたグループの改善度は非常に大きく、7つの介入の中で最上位に位置していました。
とくに大人の自閉症のある人では、効果がより強くあらわれていました。
一方で、子どもや青年では、認知行動療法(CBT)も不安の改善にしっかりと効果を示しており、不要な心配のループから抜けにくい特性に対して、考え方の整理がうまくはまっている可能性が示唆されます。
行動・機能訓練や身体活動も、不安を下げる方向へと働いていましたが、その効果はマインドフルネスやCBTほど大きくはありませんでした。
次に抑うつ(落ち込み・意欲の低下)への効果を比べると、ここで頭ひとつ抜けたのが認知行動療法(CBT)でした。
この研究の中で、統計的に有意に抑うつを改善したのはCBTだけでした。
CBTは「行動が減ることで気分が沈む」「考え方が偏ることで落ち込みが続く」という悪循環を断つ方法をはっきりと扱うため、抑うつに対する有効性が高くなりやすいと考えられます。
学校や地域支援の場でも導入しやすい手法で、オンライン版のCBTなども増えています。
マインドフルネス、テクノロジー・家族介入、行動訓練なども改善の方向に効果を示していましたが、統計的にはCBTほど確固としたものではありませんでした。
身体活動は抑うつに対して明確な改善を示しませんでしたが、これは介入期間が短いことや、サンプルが少ないことが影響している可能性も指摘されています。

そして、生活の質(Quality of Life: QoL)の改善で最も強く効果を示したのが身体活動(PHYS)でした。
運動、ダンス、スポーツ、乗馬など、身体を使う活動は、「できた」という達成感、体の感覚の整い、社会的な交流、睡眠の質の向上など、毎日の生活に直結する要素に働きかけます。
今回の解析でも、身体活動はQoLに対してもっとも大きな改善を示し、テクノロジー・家族介入(TAFI)がそれに次いで高い効果を示しました。
VRやゲームを活用したプログラム、家族が関わる支援など、生活の周りの環境ごと整えていくような取り組みは、生活全体の満足度を上げるうえで力を発揮しやすいのかもしれません。
一方で、CBTやマインドフルネス、行動訓練もQoLにプラスの方向性を示していましたが、統計的な有意差までは至らず、個々の研究規模や手法が影響している可能性が考えられます。
研究チームは、介入期間の長さも丁寧に比較しています。
その結果、9〜16週間の「中期間」の介入がもっとも効果が安定して大きいことが示されました。
短すぎると変化が固まりにくく、長すぎると疲れや離脱が増えてしまう傾向がありました。
また、効果は「大人のほうが強い」「子どものほうが強い」といった結果が指標によって異なっていたことから、年代に応じて取り入れ方を調整する必要も示唆されています。
この研究は、非薬物療法を「なんとなく良さそう」ではなく、比較できる形で分け、どれがどんな症状により有効なのかを初めて明確にしたものです。
しかし、研究にも限界があります。
参加者の多くが知的障害のない「高機能」自閉症の人で、女性が非常に少なく、男女差や重度の人への適用はまだ十分にわかっていません。
また、「テクノロジー・家族介入」や「その他の介入」などは中身が多様であり、どの要素が核心なのかがはっきりしない部分があります。
それでも、今回の結果は、自閉症のある人を支える「多様な選択肢」を整理し、その強みを見極めるうえで非常に重要な道しるべになります。
研究の結果をまとめると、以下のように整理できます。
- 不安には マインドフルネス
- 抑うつには 認知行動療法(CBT)
- 生活の質には 身体活動
- 家庭や周囲の環境を含めた支援には テクノロジー・家族介入
これは、苦しんでいる本人にとっても、家族や周囲の支援者にとっても、「何を選べばいいのか」という迷いを少し軽くしてくれるものです。
不安が強いなら、呼吸のリズムに合わせて心を整えるマインドフルネス。
落ち込みが続くなら、自分への言葉の向け方や行動の選び方を少しずつ変えていくCBT。
毎日の生活の満足度を高めたいなら、体を動かすプログラム。
家族で取り組む必要があるなら、テクノロジーや家庭支援を組み合わせた方法。

どれかひとつが万能ではありません。
でも、「どれを最初に試すとよいか」は、以前よりずっと見通しが良くなりました。
自閉症のある人の心は、一つの方法で急に変わるわけではありません。
小さな変化が積み重なって、日常のひとこまが少しずつ軽くなっていきます。
不安の波が少し静まるだけで、外の世界に向けられる視線が変わる日があります。
「できなかったこと」が身体の感覚を通してできるようになると、それだけで生活が広がることがあります。
家族が同じ方向を見るだけで、心が軽くなる瞬間があります。
今回の研究は、自閉症のある人が「自分のペースで生きていける未来」のために、どの選択肢がどんな場面で力を発揮しやすいのかを示してくれています。
(出典:Frontiers in Psychiatry DOI: 10.3389/fpsyt.2025.1660412)(画像:たーとるうぃず)
これは、ものすごい参考になりそうですね。
自閉症の代替医療、19種類について国際研究チームが効果を検証
(チャーリー)




























