
この記事が含む Q&A
- つま先歩きはASDの重症度を示す指標ですか?
- はい、重度のASDほどつま先歩きの割合が高いことが示されています。
- つま先歩きをしている子どもに共通する体の症状は何ですか?
- 睡眠障害や便秘、偏食などの全身的な症状と関連しています。
- つま先歩きの子どもへの支援には何が効果的ですか?
- 運動療法だけでなく、睡眠や消化器症状も総合的にケアすることが重要です。
つま先歩き――それは、自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもたちによく見られる歩き方です。
しかし、なぜ彼らがこのような歩き方をするのか、そしてそれがどのような意味を持つのかについては、これまであまり詳しく調べられてきませんでした。
イタリアの研究チーム(ナポリのカンパニア大学「ルイジ・ヴァンヴィテッリ大学」を中心に、パレルモ大学、ペルージャ大学、モデナ=レッジョ・エミリア大学、メッシーナ大学、サン・カミッロ国際医科大学などの共同研究)によって、このたび289人のASDのある子どもと、同数の年齢と性別を一致させた定型発達の子どもたちを対象に、つま先歩きの有病率や関連する症状について大規模な調査が行われました。
その結果、ASDのある子どもたちの約27%に、明確なつま先歩きが見られることがわかりました。
これは、定型発達の子どもたち(約5.5%)に比べて、著しく高い割合です。
この研究では、さらに重要な発見がありました。
ASDの重症度が高くなるほど、つま先歩きの割合も高くなるというのです。
ASDは診断基準にもとづいて「レベル1(支援が必要)」「レベル2(かなりの支援が必要)」「レベル3(非常に大きな支援が必要)」の3段階に分類されますが、今回の調査では、つま先歩きはレベル1と2の子どもには見られず、レベル3の子どもの半数以上(50.5%)に見られました。
これは、つま先歩きが単なる歩き方のくせではなく、ASDの重症度の高さを反映する重要な行動指標である可能性を示唆しています。
つまり、つま先歩きをしているということが、その子のASDがより重度であることのサインであるかもしれないのです。
また、性別による違いも見られました。
ASDのある男の子の方が、女の子よりも明らかにつま先歩きの割合が高かったのです。
これは、性別によって神経発達の経路に違いがある可能性を示しています。
さらに研究チームは、つま先歩きと睡眠の質との関連にも注目しました。
睡眠の問題を評価するために使われたのは、「子どもの睡眠障害スケール(SDSC)」という質問票です。
これにより、入眠困難、睡眠中の異常行動、睡眠時無呼吸、日中の眠気など6つの側面が評価されます。
結果として、ASDのある子どもたちは、定型発達の子どもたちよりも睡眠に関する問題が全体的に多く、とくにつま先歩きをしている子どもでは、SDSCの総得点が高くなっていました。
ただし、個別の下位尺度が直接的に「つま先歩き」を予測するわけではないこともわかりました。
なかでも「入眠維持困難(DIMS)」と「睡眠時の呼吸障害(SRBD)」が、ある程度関連を示す傾向がありました。
興味深いのは、便秘との関係です。
ASDレベル3の子どもたち全員が便秘を訴えており、その症状の重さは睡眠の質と強く関連していました。
とくに「覚醒障害(DA)」という睡眠の異常行動に関連する下位尺度のスコアが高いと、便秘のリスクも高くなる傾向がありました。
このような結果から、研究者たちは「つま先歩きは、単なる運動上の癖ではなく、神経発達の問題、睡眠の異常、自律神経の不調、そして腸の働きなどが複雑に関係する“全身的な症状”の一部である」と考えるようになってきています。
これまでの研究でも、ASDのある子どもには、筋緊張の低下(仮性麻痺)や歩き始めの遅れ、歩き方のぎこちなさ、感覚処理の異常、姿勢保持の困難など、さまざまな運動上の課題が報告されてきました。
つま先歩きもそのひとつとして注目されてきましたが、それが「ASDの重症度」「睡眠障害」「消化器症状」と強く結びついているという今回の結果は、これまでにない重要な意味を持ちます。
とくに、つま先歩きをしている子どもは、偏食や儀式的な食行動を伴う傾向も強いことがわかりました。
これは、BAMBI(自閉症のある子どもの食事行動を評価するスケール)による評価で明らかになりました。
BAMBIスコアが高い子どもは、食事の種類が極端に少なかったり、同じ食べ物しか食べなかったりといった行動が見られることが多く、これはつま先歩きとも関連していました。
また、つま先歩きをしている子どもほど便秘が多く、その便秘の重さが睡眠障害と関連しているという結果も、非常に注目すべき点です。
睡眠中の異常行動(たとえば夜中に突然起き出す、叫ぶなどのパラソムニア)は、便秘と強く関連していたのです。
研究者たちは、こうした症状が単独で起こっているのではなく、「感覚統合の異常」「腸と脳をつなぐ神経ネットワークの不調(腸–脳軸の障害)」「自律神経のバランスの乱れ」など、共通の背景があるのではないかと考えています。
とくに、GABAという神経伝達物質や脳幹の覚醒系の異常、感覚統合をつかさどる神経回路の発達のずれなどが、これらすべての症状の背景にある可能性があると指摘しています。
また、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の異常も、自閉症の症状や睡眠障害、感覚過敏に関係しているという研究が近年注目されています。
今回の研究では直接的に腸内細菌の構成までは調べていませんが、つま先歩き、睡眠の問題、便秘という一連の症状の背景に、腸内環境が影響している可能性があると考えられています。
ただし、この研究にも限界があります。
調査は一時点のみの観察であるため、因果関係を証明するものではありません。
また、睡眠や食事、便秘の評価は保護者の報告に基づいており、主観的な要素が含まれる可能性があります。
そして、今回の対象は遺伝的・神経学的な疾患を併発していないASD児に限られており、すべてのASDの子どもに一般化できるわけではありません。
今後の研究では、より長期的な追跡調査や、脳波などを使った神経生理学的な評価が求められるとしています。
この研究を通して得られた最も大きなメッセージは、「つま先歩きは単なる歩き方の異常ではなく、ASDにおける神経発達、感覚処理、消化器、睡眠といった多くの要素が複雑にからみあった“全身の症状”のひとつである可能性がある」ということです。
もし、つま先歩きが見られた場合には、ただ歩き方を直そうとするだけでなく、睡眠の質や食事、便秘といった体の症状もあわせて丁寧にみていくことが、ASDの理解と支援のうえで重要であると、研究チームは述べています。
今後、つま先歩きをきっかけとして、より広い視点からASDの子どもたちを理解する取り組みが進むことが期待されます。
(出典:medicina)(画像:たーとるうぃず)
「つま先歩き」うちの子では見られませんでしたが、多いのですね。
さらに、それをしている子は、夜ねむりにくかったり、食べものの好ききらいがはげしかったり、胃腸の調子が悪いことが多いと。
かかえている困難の軽減支援に、その発見が生かされるようになることを願っています。
(チャーリー)