この記事が含む Q&A
- ADHDのある大学生の実行機能の困難に対し、ARと生成AIを組み合わせた支援アプリADHDvance LearnARはどんな試みですか?
- 困難を補うよりも「開始の摩擦」を減らす視点で、空間化と構造化を通じて支援することを目指しています。
- この研究で、学習時間と課題達成率にはどんな傾向が見られましたか?
- ベースライン約41分、AR約54分、AR+GenAI約69分、達成率約62%→約76%→約85%の傾向が見られましたが統計的有意差はありません。
- ARやGenAIの導入に際しての留意点は何ですか?
- ARは認知負荷を増やす可能性があり、GenAIは依存や自律性低下につながる可能性がある点に留意が必要です。
大学での学びは、「自由」であると同時に、「自分で管理しなければならない世界」でもあります。
授業の出席は義務でも、その後の復習は自分次第。
締切は示されても、いつ何から始めるかは自分で決めなければならない。
課題は提示されても、どう分解し、どう進めるかは自分の裁量に任されます。
この「自律」が前提の環境は、多くの学生にとって挑戦ですが、ADHDのある学生にとっては、さらに大きな壁になることがあります。
イギリスのエクセター大学、ルレオ工科大学、レスター大学などの研究チームは、こうした大学生の困難に対し、AR(拡張現実)と生成AIを組み合わせた支援アプリ「ADHDvance LearnAR」を開発し、その可能性を検証しました。
この研究は、単に「便利な学習アプリ」をつくる試みではありません。
ADHDのある大学生が直面する「実行機能の困難」に、テクノロジーがどう寄り添えるかを探る試みです。
研究では、ADHDと診断された大学生15名を対象に、3つの条件で比較が行われました。
1つ目は、通常の手帳やデジタルカレンダーなど、従来のツールを使う「ベースライン条件」。
2つ目は、AR機能のみを使う「AR強化条件」。
3つ目は、ARと生成AIを組み合わせた「AR+GenAI条件」です。
それぞれ同じ課題を行い、学習時間、操作回数、課題達成率などを比較しました。

まず注目すべきは、統計的に有意な差は出なかったという点です。
この研究はパイロット研究であり、参加者も15名と少数でした。
そのため、はっきりと「効果があった」と断定できる結果ではありません。
しかし、数値の「傾向」は一貫していました。
学習への関与時間は、ベースラインで約41分、
AR条件で約54分、
AR+GenAI条件で約69分へと伸びていました。
課題達成率も、
約62%から、
ARで約76%、
AR+GenAIで約85%へと上昇していました。
統計的には有意ではない。
けれど、方向性ははっきりしている。

研究チームは、ここに重要な手がかりを見いだしています。
では、なぜARや生成AIが役立つ可能性があるのでしょうか。
質的分析、つまり参加者へのインタビューから見えてきたのは、「見える化」と「摩擦の減少」というキーワードでした。
ARの特徴は、タスクを空間に表示できることです。
締切が「カレンダーの中」にあるのではなく、机の上に「浮かんでいる」。
参加者の一人は、
「タスクが部屋の中に存在している感じがして、無視できなかった」
と語りました。
これは、ADHDのある人がよく経験する「アウト・オブ・サイト、アウト・オブ・マインド(見えなくなると存在を忘れる)」という現象への対抗手段になっていた可能性があります。
頭の中で覚えておくのではなく、空間に外在化する。
それだけで、ワーキングメモリへの負担が減る。
「覚えておく」という努力が不要になる。
また、ポモドーロ・タイマーをARで表示する機能もありました。
時間が3D空間にカウントダウンとして現れることで、「時間が流れている実感」が生まれたと参加者は述べています。
ADHDのある人の中には、「時間の感覚が曖昧になる」「今がどれくらい経過したか分からない」という経験をする人がいます。
時間を視覚的に、空間的に示すことで、「今ここ」の感覚が強まり、作業に戻りやすくなる。

さらに、生成AIの役割も重要でした。
参加者は、AIが「答えをくれる存在」というより、「最初の一歩を示してくれる存在」だと表現しています。
「何から始めればいいか分からない」
「最初の一文が書けない」
「ノートをどう整理すればいいか分からない」
こうした場面で、AIが「3つのポイントに分けてみましょう」と提案する。
「まず結論から読んでみましょう」と促す。
その“ちょっとした構造化”が、動き出すきっかけになっていたのです。
参加者の言葉には、
「壁を乗り越えるためのスロープ」
「タスクへの入口を開けてくれた」
といった表現がありました。
これは、実行機能の困難が「能力不足」ではなく、「開始の摩擦」であることを示唆しています。
また、長い文章を要約する機能もありました。
「壁のようなテキスト」が「消化可能なかたまり」に変わる。
それによって、読み返しの回数が減り、頭痛や疲労が軽減したという報告もありました。
ここで重要なのは、研究チームが楽観一辺倒ではないことです。

ARは場合によっては認知負荷を増やす可能性もあります。
生成AIは、使い方によっては依存や自律性低下につながる可能性もあります。
この研究でも、すべての参加者が「とても使いやすい」と感じたわけではありません。
約20%は「使いづらさ」を報告しています。
また、短期間の研究であり、長期的な学業成績や社会的成果は測定されていません。
それでも、この研究が示したものは小さくありません。
ADHDのある大学生の困難は、「やる気がない」ことでも、「能力が低い」ことでもなく、タスクの開始、整理、持続といった“摩擦”にある。
その摩擦を、空間化と構造化で減らせる可能性がある。
研究チームは、テクノロジーの効果そのものよりも、「どんな形で支援を提示するか」が重要だと述べています。
派手な機能よりも、シンプルな画面。短いプロンプト。
必要なときだけ出てくる支援。
「最小限の複雑さ」が、神経多様性のある学習者にとって鍵になるかもしれない。
大学は、自律を前提とする場所です。
しかし、自律は「放置」とは違います。
もし、締切が空間に見え、最初の一歩が明確になり、長い文章が小さく分解されるなら。
「できない」のではなく、「始めにくい」だけだった人が、動き出せるかもしれません。
この研究は、まだ小規模な試みです。
統計的に確定的な結論ではありません。
それでも、参加者の言葉が示しているのは、支援は「能力を補う」ものではなく、「摩擦を減らす」ものであるという視点です。
テクノロジーは、才能を足すものではなく、重さを引くものになれるのか。
その問いは、これからの大学教育にとって、決して小さくないテーマなのかもしれません。
(出典:Discover Education DOI: 10.1007/s44217-026-01264-9)(画像:たーとるうぃず)
ARについては、ARを体験するためにスマホをかざしたり、HMDをかぶったり、だと期待されてきたのに残念な現在のままでしょう。
ふだん使いのメガネやコンタクトレンズで体験できるようになれば、大いに助けになるはずです。
(チャーリー)




























