この記事が含む Q&A
- ニューロダイバージェントの人が働く上で直面する主な障壁は何ですか?
- 非言語的なコミュニケーションの難しさや職場環境の調整不足、マスキングによる心理的負担などです。
- どのような支援や環境整備が有効とされていますか?
- 上司・同僚の理解、柔軟な働き方、ユニバーサルデザイン、合理的配慮の申請しやすさ、支援技術の導入などが有効とされています。
- 雇用者側の研究不足と社会全体の対応について、著者は何を提案していますか?
- 制度整備と教育、環境設計、偏見を減らす社会的取り組みを進めることが提案されています。
ニューロダイバージェントという言葉は、近年よく耳にするようになりました。
自閉症、ADHD、ディスレクシアなど、脳や認知のあり方が一般的な多数派とは異なる人たちをひとまとめに示す概念です。
研究チームによると、この言葉が重視される背景には、「違いを欠点ではなく、個人が持つ固有の経験として尊重すること」があります。
たとえ遺伝的・神経学的な理由が特定されていなくても、「自分は多数派とは異なる認知や感覚の特徴がある」と感じる人が、その体験を正当に扱ってほしいという願いが込められています。
しかし、このニューロダイバージェントの人々が社会の中で尊重されるかといえば、現実はそうなっていません。
とくに働く場面、つまり雇用の領域では、その「違い」が理解されないまま扱われ、適切な配慮も受けられないまま苦労を抱えている人が多いことが、今回の大規模レビューから浮かび上がりました。
研究を行ったのは、クィーンズ大学ベルファストやアリストテレス大学テッサロニキなどの国際的なチームです。
彼らは、12か国から集めた56件の研究をもとに、ニューロダイバージェントの人々がどのような職場経験をしているのか、そして働く上で何が障壁となり、何が支えとなるのかを丁寧に整理しました。
このレビューに参加したニューロダイバージェント当事者は合計4,909人。
さらに、職場の同僚2,041人、上司や管理職の約300人の声も含まれています。
幅広い背景の人が調査されているものの、全体の傾向として、自閉症やADHD、ディスレクシアのような診断を持つ白人男性で、30〜40代、大学卒業者が多い点も特徴でした。
つまり、比較的学歴が高く、働く上でも支援を得やすいはずの層でさえ、多くの障壁に直面しているという事実が示唆されます。
まして支援が必要な度合いが高い人ほど、雇用研究にそもそも参加していないことが多いと指摘されており、その点においても大きな構造的課題が残ります。

働く上で何が最もつらい経験になるのかは、レビュー全体を通して明確でした。
第一に、社会的コミュニケーションの難しさが強調されました。
職場では、暗黙の了解、あいまいな指示、雑談を通じた関係づくりなど、多くが非言語的なやり取りで進みます。
ニューロダイバージェントの人にとって、これらが本人の努力不足とは関係なく難しく感じられることがあります。
今回まとめられた56件の研究のうち、35件で「非言語的な社会的サインの解読」の困難が報告されており、この数の多さは職場で生じている根本的なギャップを示しています。
さらに、職場に必要な調整や設備が整っていないことも大きな障壁となります。
静かな環境が必要なのに絶えず雑音がある、照明がまぶしい、集中力を支えるソフトウェアがない、あるいは職務内容が本人の特性に合っていない。
これらは単なる「好み」の問題ではなく、仕事のパフォーマンスや心身の健康に直結する要素です。
しかし28件の研究で、必要な調整がされていない、あるいは職場が過度に画一的で柔軟性がないという問題が指摘されました。
さらに25件では、感覚刺激(光・音・温度など)がストレスの原因になるという具体的な困難が報告されています。
また、ニューロダイバージェントの人々は職場で「自分らしさを隠す」負担、いわゆるマスキングの問題も大きく抱えています。
マスキングは短期的には衝突を避ける手段になりますが、長期的には疲労や不安、うつなどの深刻なメンタルヘルスの悪化につながります。
20件の研究で、マスキングによる心理的負担が強調されました。
これに加えて、上司が特性への理解を持たず、行動の理由を本人の性格や努力の問題として誤解し、懲戒処分につながるケースまで報告されています。
27件の研究で、こうした「理解の欠如」が重要な障壁となっていることが明らかになりました。

しかし、職場における経験が否定的なことばかりではありません。
今回のレビューは、ニューロダイバージェントの人々が安心して能力を発揮できる環境が整えば、企業や組織にとって大きなプラスになることも示しています。
まず、支えてくれる上司や同僚の存在はきわめて重要です。
24件の研究で、理解のある上司や具体的なフィードバックをくれる管理者は、働きやすさを大きく改善すると報告されました。
また、特性に合わせた柔軟な働き方やリモートワークなどの調整が認められると、仕事に前向きに取り組めることも23件で示されました。
さらに、職場の仕組みそのものが「最初から人の違いを前提に設計されている」場合、大きな効果を発揮します。
これが論文中で示されている「ユニバーサルデザイン」の発想です。
すべての人に使いやすい設計を最初から組み込むことで、ニューロダイバージェントに限らず多様な従業員が働きやすい環境を持続的に整えることができます。
こうした組織文化を持つ職場では、従業員の離職率が下がり、会社への信頼や貢献意欲が高まることが報告されています。
また、特性に合った仕事を選べることは、仕事のパフォーマンスや満足度を高める重要な要素として14件で強調されています。
自分の得意なことを活かせる仕事に就くと、働く意欲が自然と高まり、周囲とのコミュニケーションも前向きに変わっていきます。
支援技術や機器の導入も17件で有効性が示されており、本人の負担を軽減すると同時に、職場全体の生産性向上にもつながることがわかっています。
このレビューで興味深いのは、多くの研究が「障壁」と「支援」をそれぞれ別個の問題としてではなく、連続したものとして扱っている点です。
たとえば、上司が特性を理解していないことは障壁になりますが、理解を深める研修や制度があれば支援に転じます。
同じ要素が、環境によって味方にも敵にもなるのです。
この視点は、ニューロダイバージェントを「弱点のある人」として扱うのではなく、「環境との相互作用で困難が生まれる」という現代的な理解を反映しています。
一方で、雇用者の視点からの研究はまだ少ないことも課題として挙げられています。
56件のうち、雇用者側の意見を扱ったものは6件のみでした。
その中でも、包括的な支援制度を取り入れた企業では、従業員の定着率の向上、組織イメージの改善、チームの協力関係の強化など、多くの利点があったと報告されています。
逆に、理解不足のまま雇用を進めた場合、上司と本人とのコミュニケーションのズレからトラブルが生じ、結果として不当な評価や排除につながる危険があることも指摘されていました。

ニューロダイバージェントの人々が抱える雇用の課題は、本人だけの努力で解決できるものではありません。
特性に合わせて働く機会を選ぶためのキャリア支援、メンタルヘルスのサポート、調整制度の活用方法を理解するためのガイダンスなど、個人の側への支援も不可欠です。
しかし、最も大きな影響を持つのは、職場そのものの文化や制度です。
ユニバーサルデザインに基づく包括的な環境、上司と従業員の双方に対する教育、感覚への配慮、合理的配慮を申請しやすい仕組みづくり。これらは組織として整えられる必要があります。
さらに、社会全体としても、ニューロダイバージェントに対する無意識の偏見を減らしていくことが重要だと研究チームは述べています。
現代の職場では「長時間働ける人」が評価されがちですが、これは多くのニューロダイバージェントの人々にとって過度な負担となり、長期的には組織全体の生産性低下にもつながります。
働き方の柔軟さや多様性を認める文化が広まれば、ニューロダイバージェントだけでなく、より多くの人が無理なく力を発揮できるようになります。

このレビューのまとめとして、研究チームは次のように述べています。ニューロダイバージェントの人々が安心して働ける文化をつくるためには、個人の努力に期待するのではなく、職場の制度や社会全体のあり方を見直す必要があります。
- 本人の特性を理解し、強みを活かせる仕事を選べるようにする支援
- 上司に対するトレーニングや、組織として包括的な制度を整える取り組み
- 社会全体として偏見を減らす仕組みづくり
この三つが揃ったとき、ニューロダイバージェントの人々はその力を十分に発揮でき、組織にとっても大きな価値をもたらします。
今回のレビューが示したのは、「違い」を持つ人が働くうえで困難を抱えるのは、本人に問題があるからではなく、環境が多様性に対応していないためだということでした。
もし環境が変われば、障壁は支援に変わり、困難は強みに変わる可能性すらあります。
ニューロダイバージェントという概念が広がりつつある今、この知見がより多くの職場に届けられ、一人でも多くの人が無理なく働ける未来につながっていくことを期待したいと思います。
(出典:Journal of Autism and Developmental Disorders )(画像:たーとるうぃず)
「ニューロダイバージェントの人々が安心して能力を発揮できる環境が整えば、企業や組織にとって大きなプラスになることも示しています」
「支えてくれる上司や同僚の存在はきわめて重要です」
経営者には、とくに知っておいていただきたいと思います。
(チャーリー)




























