この記事が含む Q&A
- 自閉症のある人が働く際の課題と解決の方向はどう考えられていますか?
- 環境を整え、コーデザインで一緒に設計することや構造化面接の導入などが有効とされています。
- 職場での具体的な支援や工夫にはどんなものがありますか?
- 照明・音・温度の自動調整やストレスの可視化ウェアラブル、時間を置いてやりとりできる評価・コミュニケーション方法、AI支援の共創などです。
- 自閉症の就労を支えることは企業にとってどんな利点がありますか?
- 多様な脳の働きを受け入れることで生産性・創造力が高まるほか、社会的貢献と法的要件の両方につながります。
「働くこと」は、誰にとっても生きる力になります。
自分の力で生活を支え、人とつながり、社会の一員として認められること。
その体験は、自己肯定感を育て、人生に手ごたえを与えてくれます。
けれど、自閉症のある人たちにとって、その“働く”という扉は、まだ簡単には開きません。
ヨーロッパではおよそ500万人が自閉スペクトラムに属するといわれていますが、実際に働いている人は1割ほどにすぎません。
多くの人が、働きたいと思っても、採用の段階でつまずいたり、職場で理解が得られなかったりして、その力を発揮できずにいます。
「雇っても大変そう」「コミュニケーションが難しいのでは」そんな誤解が、いまだに職場の中に残っています。
けれど、少し見方を変えると、自閉症のある人がもつ力は、これからの社会でこそ必要とされるものだとわかります。
細かいところに気づく注意力。
ひとつのことを集中してやり抜く持続力。
ルールや手順を正確に守る誠実さ。
こうした特性は、たとえばプログラミングやデータ分析のような緻密で構造的な仕事の場で、とても大きな強みになります。
問題は「能力がないこと」ではなく、「環境が合っていないこと」。
だからこそ、環境の側を少し変えることが、“できない”を“できる”に変える第一歩になるのです。
いま、イタリアの研究者たちは、そのための工夫を少しずつ形にしています。
中心となっているのは、イタリア国立研究評議会 生物医学研究・イノベーション研究所(CNR-IRIB)。
メッシーナ大学、ユニネットゥーノ大学、そして地域の社会的協同組合アウダーチアと協力しながら、自閉症のある人が安心して働ける職場づくりを進めています。

そのキーワードは、「テクノロジー」と「共に考えること」。
たとえば、職場での光の強さや音の大きさが気になる人がいます。
そんなとき、照明や温度、音のレベルを自動で調整してくれるスマートな作業空間があれば、ストレスを減らし、自分のペースで集中できます。
また、心拍の変化や汗の量などからストレスを感知し、「ちょっと休もう」と知らせてくれるウェアラブルデバイスも開発されています。
自分の心と体の状態を“数字で見える”ようにすることで、無理をする前に気づくことができるのです。
あるプログラムでは、自閉症の若者が航空写真の解析を学び、視覚的な注意力を活かして、専門職として働いています。
半年ほどの訓練を経て、自立性や満足感が高まり、「仕事をすることが生きる喜びにつながる」と感じる人が増えました。
職場で困ることの多くは、実は「コミュニケーション」に関わります。
急な質問、あいまいな指示、会話のスピード――そうした状況で混乱してしまう人は少なくありません。
けれど、メールやチャットのように、少し時間をおいてやりとりできる方法を選べば、焦らずに考え、安心して伝えられます。
「すぐ返事をしなくていい」環境があるだけで、仕事の精度も、自信もぐんと高まるのです。
こうした工夫を、最初から職場のしくみに組み込むことができれば、それは「特別な配慮」ではなく、「あたりまえの多様性」になります。

いま、いくつかの世界的な企業がすでに動き出しています。
SAPやマイクロソフトなどは、自閉症の人を積極的に採用し、それぞれの特性に合わせた職務設計を行っています。
結果として、社員の満足度が上がるだけでなく、会社全体の創造力や生産性が高まるという報告もあります。
つまり、「多様な脳の働き方を受け入れること」は、人道的な取り組みであるだけでなく、新しい時代の組織が強くなるための方法でもあるのです。
それでも、実際の現場では課題が残ります。
採用面接では「人当たりの良さ」ばかりが評価されやすく、本来の能力が見えにくくなってしまう。
この壁をなくすために、「構造化面接」や「スキル中心の評価」が導入されています。
あらかじめ質問の内容を明確にし、必要な能力を具体的に測る形式なら、公平にその人の力を見ることができます。
職場で過ごす毎日は、感覚や人間関係の刺激にあふれています。
だからこそ、環境を少し整えることが大切です。
照明を落とす、静かな休憩スペースをつくる、
ヘッドホンの使用を認める――。
小さな配慮の積み重ねが、働きやすさを大きく変えていきます。

そして何より大切なのは、「本人と一緒に考えること」です。
どんな支援が必要かを外から決めつけるのではなく、本人の意見を聞きながら、一緒に設計していく。
これが「コーデザイン」と呼ばれる考え方です。
あるプロジェクトでは、自閉症の人たち自身が、職場で使うAI支援システムの設計に参加しました。
センサーがどんなタイミングでアラートを出すと安心か、どんな音や光が心地よいかを本人たちと一緒に検討したのです。
その結果、システムはより使いやすく、受け入れられるものになりました。
この「一緒につくる」姿勢は、技術開発に限りません。
職場のルール、働き方、チームの雰囲気――そのすべてを、共に話し合うことができます。
「教える」から「対話する」へ。
この転換が、職場を変えていく鍵になります。
そして、まわりの人たちの理解も欠かせません。
上司や同僚が、自閉症について知り、感じ方や考え方のちがいを理解するだけで、空気がやわらかくなります。
研修やワークショップを通して「知る」ことは、お互いに安心して働ける関係をつくる出発点です。
大切なのは、こうした取り組みを一度きりのイベントで終わらせないことです。
企業の中に、「ニューロダイバーシティ(神経の多様性)」を尊重する文化を根づかせる。
それは、社会全体をしなやかに強くすることにつながります。

テクノロジーは、どんどん進化しています。
AIが感情の変化を読み取ったり、IoTが環境を自動で調整したりする時代です。
自閉症のある人の表情やストレス反応をリアルタイムで察知し、環境を最適化するシステムも生まれつつあります。
これらが進化すれば、「しんどい」を我慢する前に、機械がそっと支えてくれる職場が実現するかもしれません。
けれど、どんなにテクノロジーが進んでも、人と人のあいだにある理解や思いやりが、いちばんの力です。
「できない」と言われてきた人が、「できる」と感じられる場所をつくること。
それが、社会の豊かさをつくります。
自閉症の人の就労を支えることは、単に「雇用を増やす」ことではありません。
一人ひとりの力を認め合い、その人らしい働き方を見つけることです。
人が自分の得意を活かして働く姿は、まわりにも勇気を与えます。
そしてそれは、企業や社会を新しくしていく力にもなります。
多様な脳、多様な感じ方、多様な働き方。
それを受け入れることができる社会は、誰にとっても生きやすい社会です。
バリアを壊すことは、特別なことではありません。
少しずつ、目の前の人の「やりやすさ」を考えることから始まります。
そうして生まれる小さな変化が、働く未来を、そして生きる未来を、ゆっくりと変えていきます。
(出典:Frontiers in Psychiatry DOI: 10.3389/fpsyt.2025.1606075)(画像:たーとるうぃず)
「法定雇用率」を満たすため。
そんな思考だけの企業は、すばらしい可能性を見過ごし、競争力を得ることなく衰退してしまうはずです。
社員の多くは自閉症やADHDの社員と働けると答えるも環境不足
(チャーリー)




























