この記事が含む Q&A
- 刺激薬の主な作用は何で、注意力を直接高めるだけではないのですか?
- 脳全体の結合パターンを通じて覚醒レベルの向上や動機づけ・報酬系の働きを高め、結果として集中持続を支える状態を作ると説明されています。
- ADHDの子どもが薬を服用すると睡眠・成績にどんな影響があるのですか?
- 睡眠不足の影響を緩和し、ADHDの子では成績差が縮む一方、薬は能力を直接高めるのではなく不利状態を補正する働きを示しています。
- 成人にも同じような脳の変化が見られるのでしょうか?
- 成人に単回投与した場合にも子どもと似た脳結合の変化が再現され、年齢や診断に関係なく覚醒関連の効果が示唆されています。
処方刺激薬は、ADHDの治療薬として長年使われてきました。
多くの人が、これらの薬は「注意力を高める薬」だと考えています。
しかし、この研究が示しているのは、刺激薬の脳への主な作用は「注意」そのものではなく、「覚醒の状態」と「報酬ややる気に関わる仕組み」に強く関係している、という点です。
この研究は、アメリカで行われている大規模な脳発達研究プロジェクトであるアドレセント・ブレイン・コグニティブ・デベロップメント研究(ABCD研究)のデータを用いて行われました。
対象となったのは、8〜11歳の子ども約1万2千人です。
その中で、MRI撮影当日の朝に刺激薬を服用していた子どもと、服用していなかった子どもを比較し、安静時の脳活動のつながり方(安静時fMRIによる機能的結合)が詳しく調べられました

まず注目されたのは、刺激薬を服用していた子どもたちの脳では、いわゆる「注意ネットワーク」と呼ばれる領域に、ほとんど変化が見られなかったという点です。
背側注意ネットワークや腹側注意ネットワーク、前頭頭頂ネットワークといった、これまで「注意力の中枢」と考えられてきたネットワークでは、有意な変化は確認されませんでした。
研究チームは、統計的な検出力も十分に確保したうえで分析を行っていますが、それでも注意ネットワークに特有の変化は見つかりませんでした。
一方で、大きな変化が見られたのは、まったく別の領域でした。
刺激薬を服用していた子どもたちでは、体の動きや行動の準備に関わる「ソマトモーター領域」や「行動・運動ネットワーク」、さらに「聴覚ネットワーク」において、脳内の結合のパターンが大きく変化していました。
これらの領域は、近年の研究で「覚醒レベル」や「目が覚めている状態」と深く関係していることが示されている領域です。
さらに、刺激薬の影響は「サリエンスネットワーク」と「頭頂記憶ネットワーク」にも及んでいました。
サリエンスネットワークは、報酬や危険など、「今、何に注意を向けるべきか」「どの行動が重要か」を判断する仕組みに関わるネットワークです。
頭頂記憶ネットワークは、行動に必要な情報や経験を一時的に保持し、次の行動につなげる役割を持つとされています。
この研究では、刺激薬の服用によって、運動・行動系のネットワークと、これらサリエンスや記憶に関わるネットワークとの結びつきが強まることが示されました。

研究チームは、この結果が偶然ではないことを確かめるため、別の実験も行っています。
ADHDのない健康な成人を対象に、メチルフェニデートを単回投与し、非常に長時間にわたって安静時fMRIを測定する精密イメージング試験を行いました。
その結果、子どもの大規模データで見られた脳結合の変化と、非常によく似たパターンが再現されました。
つまり、刺激薬による脳の変化は、年齢や診断に関係なく、一貫した特徴を持っていることが示されたのです。
さらに興味深いのは、刺激薬による脳の変化が、「よく眠れた状態」の脳と非常によく似ていた点です。
ABCD研究では、保護者からの回答をもとに、子どもたちの平均的な睡眠時間も記録されています。
研究チームが睡眠時間と脳結合の関係を調べたところ、睡眠時間が長い子どもほど、運動・聴覚・視覚などの領域で、刺激薬を服用した子どもとよく似た脳結合パターンを示していました。
つまり、刺激薬は、脳を「注意が鋭くなる状態」に変えるというよりも、「しっかり目が覚めている状態」「覚醒レベルが高い状態」に近づけている可能性が高いと考えられます。
この解釈は、刺激薬がノルアドレナリンの働きを強める薬であることとも一致しています。
ノルアドレナリンは、覚醒や集中の土台となる神経伝達物質として知られています。
行動面のデータも、この見方を裏づけています。
ADHDのある子どもたちは、全体として成績や認知課題の成績が低い傾向にありましたが、刺激薬を服用している場合、その差は小さくなっていました。
一方で、ADHDのない子どもが刺激薬を服用しても、成績や認知能力が特別に向上するわけではありませんでした。
刺激薬は「能力そのものを引き上げる」のではなく、「不利な状態を補正する」方向に働いていることが示されています。

また、睡眠時間が不足している子どもでは、成績や課題成績が低下する傾向がありましたが、刺激薬を服用している場合、その悪影響はほとんど見られなくなっていました。
脳の結合パターンにおいても、睡眠不足による変化は、刺激薬を服用している子どもでは消失していました。
研究チームは、刺激薬が短期的には「睡眠不足による脳の変化を打ち消す」ように働いている可能性を示しています。
これらの結果を総合すると、この研究が伝えているメッセージは明確です。
刺激薬は、注意ネットワークを直接強化する薬ではありません。
むしろ、覚醒レベルを高め、行動に向かう準備を整え、「やるべきこと」に価値を感じやすくすることで、結果として集中や持続がしやすくなる状態を作り出していると考えられます。
研究を行ったワシントン大学医学部を中心とする研究グループは、刺激薬を「注意力を高める薬」と単純に理解するのではなく、「やる気・持続・覚醒を支える薬」として捉え直す必要があると示唆しています。
そして同時に、十分な睡眠そのものが、脳と行動にとって極めて重要であることも、改めて浮き彫りにされています。
この研究は、刺激薬の効果を過大にも過小にも評価せず、その本質を脳の仕組みから丁寧に描き出したものだと言えます。
ADHDの理解や支援を考えるうえで、「注意」だけに目を向けるのではなく、「覚醒」や「動機づけ」という視点が欠かせないことを教えてくれる研究です。
(出典:bioRxiv)(画像:たーとるうぃず)
- 「注意力を高める薬」と単純に理解するのではなく、「やる気・持続・覚醒を支える薬」として捉え直す必要
- 十分な睡眠そのものが、脳と行動にとって極めて重要
「薬」を無理して拒否せずに、医師の指示があれば、適切に利用することを私はおすすめします。
ADHDではなく自閉症ですが、うちの子は薬を飲むようになってから、よく眠るようになり日中の笑顔も増えました。
私もよく眠れるようになりました。とても助かりました。
(チャーリー)





























