
この記事が含む Q&A
- 大人のADHDは子どもと同じ形の行動ではなく、感情の調整や落ち着きのなさなど別の形で困難を生むことが多いですか?
- はい、子どもの頃と同じ行動パターンではなく、大人ならではの表れ方が中心になると説明されています。
- 「心がよそ見する」現象はADHDの診断基準にすぐ加えられる診断基準ですか?
- いいえ、この現象は将来的な有力な手がかりになる可能性はあるものの、現時点で診断基準には直結していません。
- 大人のADHDの理解を進めるためにはどんな研究が進んでいますか?
- 大人での心がよそ見する体験と脳活動の関係を調べ、複数の検査や観察を組み合わせて全体像をつかむ研究が進み、診断・治療の改善につながる可能性が期待されています。
ADHDは子どもだけに見られるものではなく、大人になっても続くことが多いということが、近年の研究によって明らかになっています。
かつては「思春期を過ぎれば自然に治る」と考えられていた時代がありました。
ところが実際には、子どもの頃にADHDと診断された人のうち、およそ半数が成人期以降も症状や困難を抱え続けていることがわかってきました。
ノルウェー・オスロ大学心理学部の教授であり神経心理学者でもあるアンネ=クリスティン・ソルバックは、この現象について「多くの場合、認知面や行動の難しさは大人になっても残り、ただその表れ方が少し違ってくるのです」と説明しています。
つまり、子どもの頃に落ち着きがなく動き回っていた人が、大人になると同じ形ではなく、別の形で困難を経験するということです。
ノルウェーにおける状況の変化も、この事実を裏づけています。
1990年代の終わり、成人に対してADHD治療薬を処方できるようになった当初、成人精神科にはADHDの患者はほとんど存在していませんでした。ADHDは子どもや青年の精神科で診られるものであり、大人になれば消えると考えられていたからです。
ところがその後、状況は大きく変わりました。今では、成人精神科に紹介される患者の中で、ADHDが最も多い理由となっているのです。
ヘルゲランド病院神経心理学部門の研究責任者であるヴェンケ・アーンツベルグ・グラーネは「現在、成人精神科での紹介理由の中心はADHDです」と語ります。
この変化は、成人期におけるADHDの理解が進み、診断や治療が行われるようになったことを示しています。
しかし、成人のADHDについての知識はいまだに十分とは言えません。
これまでの研究の大半は子どもや青年を対象としてきました。
そのため、医療現場でも大人の診断や治療において、子どもを基準とした知識をそのまま一般化して用いる傾向があります。
グラーネは「診断基準も子どもを前提に作られており、大人には必ずしも当てはまらないのです」と指摘します。
彼女は笑顔を見せながらこうも語っています。「大人は心理士の部屋で棚に登ったりはしません」。
つまり、大人は子どもと同じ行動パターンを示すわけではありません。
その代わりに、大人では感情の調整に苦労したり、落ち着きのなさを感じたりすることが多くなります。
また、学業を修了することや仕事を継続することに困難を抱える人が少なくありません。
その結果、職を頻繁に変えたり、ケガや病気のリスクが高まったりする傾向があるのです。
こうした課題を受け、ソルバックとグラーネら研究者は、大人のADHDをより深く理解するために共同で研究を進めています。
彼女たちの研究の中心にあるのが「心がよそ見する(マインド・ワンダリング)」という現象です。
「心がよそ見する」とは、誰にでも起こる体験です。
集中しているつもりでも、ふと意識がそれてしまい、目の前の作業から気持ちが離れてしまうのです。
たとえば、オーディオブックやポッドキャストを聞いていたのに、気がつくと内容が頭に入っていなかった、あるいは車を運転していて、数キロも走ったのに実際の運転のことを覚えていなかった、という経験は多くの人にあるでしょう。
ソルバックは「ADHDの人は、この“心がよそ見する”体験がより多く生じやすいのではないか」と仮説を立てました。
「心がよそ見する」こと自体は必ずしも悪いことではありません。
外界の刺激に集中する状態と、自分の内面に注意を向ける状態を行き来することは、脳にとって自然な営みであり、ときには創造性や柔軟な発想の源になることもあります。
しかし、勉強や仕事といった集中が求められる場面では、大きな妨げになってしまいます。
そしてADHDのない人の場合は、この「心がよそ見する」状態をある程度コントロールできるのではないかと考えられています。
この仮説を検証するために、研究チームは実験を設計しました。
その内容は非常に単調で退屈なものでした。
参加者はヘッドフォンを通して流れる高音と低音を聞き分け、それぞれ別の手でボタンを押すという課題を繰り返します。
ソルバックは「この課題はとても単調で退屈です」と語りますが、まさにそれが狙いでした。
単調な作業ほど人は集中を失いやすく、意識が他にそれやすくなるからです。
参加者は64個の電極を備えたEEGキャップを頭に装着し、脳の電気活動が記録されました。
さらに手のひらには筋肉の活動を測定するセンサーが取り付けられ、目の動きや瞳孔の変化もカメラで監視されました。こうして研究者たちは課題の成績を記録するだけでなく、脳活動と行動のつながりを詳しく調べることができました。
結果は仮説を裏づけるものでした。
ADHDのある人は健常者に比べて課題の成績が劣り、また「心がよそ見する」体験をより多く報告しました。
脳波のパターン自体は両者で似ていましたが、信号の強さに違いが見られたのです。
この単純な課題において、行動と脳活動の関係が明確に示されたことは、研究者たちにとって大きな成果でした。
ただし、「心がよそ見する」回数が多いからといって、それだけでADHDと診断できるわけではありません。
他の病気や脳の損傷でも似た特徴が現れることがあるからです。
ソルバックは「ADHDに特有の特徴を敏感に捉えられるテストや測定方法を見つけることが私たちの役割です」と語っています。
ADHDは血液検査のように一度の測定で簡単に診断できるものではありません。
複数の検査や観察を組み合わせることで、全体像をつかむ必要があります。
その中で「心がよそ見する」テストは、将来的に有力な手がかりの一つになる可能性がありますが、現段階ですぐに診断基準に加えられるわけではありません。
それでも研究チームは、この研究が長期的にADHDの理解と支援につながることを期待しています。
グラーネは「私たちの研究が、成人や高齢者に対する理解や診断の改善に役立つこと、さらに治療法の開発にもつながることを願っています」と語ります。
大人のADHDはこれまで十分に注目されてきませんでした。
しかし「心がよそ見する」という誰もが経験する身近な現象を入り口にすることで、新しい診断方法や支援の可能性が見えてきています。
研究は続いており、その成果は将来的にADHDを抱える人たちの生活をよりよいものにする手助けとなるかもしれません。
(出典:ノルウェー・オスロ大学)(画像;たーとるうぃず)
「心がよそ見する」体験。
誰しもが体験していることだと思います。
そして、その程度が大きくなった場合の困難も。
困難の軽減につながる研究の進展を期待しています。
(チャーリー)