この記事が含む Q&A
- ロボットを使った自閉症の子どもの心の理解の練習とは何ですか?
- サリー・アンの課題とだまし箱課題をコズモが演じる形で、相手の心を想像する練習を行う試みです。
- 研究で得られた効果は何ですか?
- ロボットと練習した期間のほうが、感情認識と心の働き(ToM)の向上が大きく見られました。
- この研究の限界は何ですか?
- 参加は14人で、全員がDSM-5レベル1の子ども。長期的効果や他の発達段階への一般化は今後の課題です。
子どもが誰かの気持ちを想像する力は、日常の中で少しずつ育っていくものです。
しかし自閉症のある子どもたちの多くは、この「相手の心の中を思い描く」場面で苦労しやすいと言われています。
たとえば、友だちがどこを探すと思うかを予測したり、自分とは違う考えを相手が持っていることに気づいたりするのがむずかしいことがあります。
その一方で、子どもたちはロボットのおもちゃには目を輝かせることがあります。
動くもの、表情を変えるもの、音で反応してくれるものは、興味を引きやすく、関わる時間が自然と長くなることがあります。
「もしこの興味を、心の理解を育てる練習につなげることができたら?」という発想から生まれたのが、今回の研究です。
この研究は、イタリア技術研究所などの組織が共同で行いました。
使われたのは、一般家庭でも購入できる小さなロボットおもちゃ「コズモ(Cozmo)」です。
ピクサースタイルの表情を見せたり、簡単な動きをしたりできるロボットで、アニメーションのような「顔」が画面に表示され、子どもたちに親しみやすいデザインになっています 。

研究チームは、このコズモを使って、自閉症のある子どもたちに「心の動き」を学ぶ練習ができるかどうかを確かめました。
心の働きとは、他の人がどんな気持ちや考えをもっているかを想像したり、自分とは違う視点があることに気づく力のことを指します。
研究では、14人の自閉症のある子ども が参加しました。
いずれも話すことができ、療育課題に参加できる子どもたちで、診断は専門機関で確認されたものです 。
研究は臨床施設で行われ、保護者の同意と厳格な倫理審査を経て実施されています。
まず、研究者たちは「どんな練習なら効果が見えやすいか」を考え、心理学でよく使われている二つの課題をロボットと組み合わせて使うことにしました。
ひとつは「サリーとアンの課題(Sally-Anne Task)」、もうひとつは「だまし箱課題(Deceptive Box Task)」です。
これらは、人が“相手の立場で考える力”を調べるために世界中で使われている方法です。
今回は、この課題を「ロボットと一緒にやるバージョン」に作り変えて、トレーニングとして活用できるように組み立てました。

サリーとアンの課題では、本来は人形を使いますが、研究ではロボットのコズモが“サリー役”を担当します。
コズモが物を置き、いったん「寝たふり」をします。
この間に子どもは物を別の場所に移し、起きたコズモが「どこを探すと思う?」と問いかけてきます。
子どもは、コズモが“知らないまま眠っていた”という状況を考えて答える必要があります 。
だまし箱課題では、お菓子の箱のような“中身が分かるはず”の箱を使い、実際とは違う物を入れておきます。
箱を見ていないコズモが「中に何が入っていると思う?」とたずねることで、“相手の持つ情報の違い”を考える練習になります。
コズモの動きや音、表情はすべてセラピストがタブレットから操作します。
ロボットが自律して考えて動いているわけではありません。
しかし、この“自分に反応してくれる存在”は子どもたちの注目を集めやすく、場面への入り込みを助ける効果があります。
研究は「ロボットを使う期間」と「通常のセラピーだけの期間」を比べられるよう、子どもたちを二つの順番に分けました。
ロボットを先に経験する子、後で経験する子、それぞれが両方の期間を過ごすことで、変化の違いが分かりやすくなっています 。

練習のむずかしさは少しずつ上がるよう工夫されました。
最初はシンプルな課題から始まり、徐々に選択肢を増やしたり、物を隠す場所を複数にしたり、時間の間隔を伸ばしたりします。
セラピストは子どもの様子を見ながら、声がけ・ジェスチャー・動作の補助と段階的に支援を調整します。
自立して答えられる場面では支援を減らし、困っているときには戻す、といった細やかな手順です。
そして、練習の前後で、子どもたちの変化を客観的に測定するために感情理解 と 心の働き(ToM) に関する検査を使いました 。
この検査を使うことで、ロボットとの練習そのものではなく、別の方法で子どもたちの変化を測ることができる ようになっています。
これは、練習で使った課題に慣れてしまっただけなのか、それとも本当の意味で力が伸びたのかを見分けるために重要な点です。
分析には「混合効果モデル」という統計の方法が使われました。
子どもごとの違いを考慮しながら、ロボットの有無だけがどれだけ影響したかを調べられる方法です。
その結果、ロボットと一緒に練習した期間のほうが、通常のセラピーの期間よりも大きな伸びが見られた ということが分かりました。
とくに以下の2点がはっきりしていました。
1つめは 感情の認識(Emotion Recognition) です。
ロボットと練習した期間のほうが、表情の理解や感情の読み取りに関する得点がより大きく伸びていました。
2つめは 心の働き(ToM) です。
他者の視点を推測する力についても、通常のセラピーだけよりロボットと組み合わせた期間のほうが改善が大きくなっていました。

もちろん、この結果がすべての子どもに当てはまるわけではありません。研究者たちは次のような限界も丁寧に述べています。
まず、参加したのは14人と数が少ないこと。
次に、参加者はいずれも DSM-5の「レベル1」に該当する子どもたちで、会話ができ、課題に参加できる発達段階にありました。
他の発達段階の子どもたちでも同じ変化が見られるかは、これから調べる必要があります。
また、医療上の理由から、ADOSやADI-Rといった診断検査の詳細な得点、言語能力、併存する特徴などは収集されていません。
そのため、どのような特性をもつ子どもがより効果を受けやすいのかは、今後の研究課題です。
期間も短期間で、長く続けた場合の変化はまだ分かりません。
このように、結果は「まだ最初の一歩にすぎない」と研究者たちは述べています。
それでも、この研究の意義ははっきりしています。

高価な特別ロボットではなく、家庭にもあるような“おもちゃのロボット”が、療育の一部として役立つ可能性を示したことです。
コズモは、人間の動きを真似する高度なロボットではありません。
動きはシンプルで、表情も画面に映し出されるアニメーションです。
それでも、子どもたちはコズモの存在に引きつけられ、課題に向かいやすくなるという特徴が見られました。
「練習の場に入りやすい」「注意を向け続けやすい」ということは、心の理解を育てるうえでとても重要です。
どんな練習であっても、まずは“そこに関わること”がスタートであり、ロボットはその最初のハードルを下げる助けになることがあります。
今回の研究ではロボットが自律的に判断したわけではなく、背後には常にセラピストがいて子どもの状態を見ながら細かく調整しています。
つまり、ロボットは「療育を置きかえる存在」ではなく、「手伝ってくれる道具」として使われています。
研究者たちは、こうした道具の可能性を広げるためには、今後さらに大きな研究が必要だと述べています。
とくに、次の点を今後の課題としています。
・より多くの子どもを対象にすること
・異なる発達段階や特性の子どもにも試すこと
・家庭など自然な生活環境で使った場合の変化を見ること
・“心の働き”以外の社会場面の練習にも広げること
ロボットは魔法の道具ではありません。
しかし、楽しく、緊張せずに練習に入れるきっかけをつくる力は、たしかにあります。
専門家の支援のもとで、子どもが無理せず取り組める環境が整えば、“心を想像する力”は少しずつ育っていきます。
研究者たちが目指すのは、もっと多くの家庭や施設で使える「身近なテクノロジー」が、子どもの成長を支える一つの選択肢になる未来です。
コズモのようなロボットは、子どもたちの世界にそっと入り込み、「やってみよう」という小さな気持ちの火を灯す役割を果たしてくれるかもしれません。
そしてその火は、心を通わせる場面での小さな成功へとつながり、その積み重ねが毎日の暮らしを少しずつ豊かにしていく力になります。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1620345)(画像:たーとるうぃず)
コズモ(Cozmo)はとてもかわいらしくて、ずっと私も気になっていました。
こうして、療育にも役立ったということで、すごくうれしく思います。
ですが、元の開発・販売元のAnki社は2019年に倒産し、別の会社から販売されることとなりましたが、日本では新品の購入は現在、難しいようです。(Anki社が販売していた頃は、日本ではタカラトミーから販売されていました。)
(チャーリー)




























