
この記事が含む Q&A
- 自閉症スペクトラム症(ASD)の多様性を理解することは、どのような支援に役立ちますか?
- 個々の脳の働き方に基づく個別化された支援へとつながります。
- ASDの脳のつながりのパターンにはどのような違いがありますか?
- 2つのタイプに分かれ、それぞれが異なる神経ネットワークのつながりの偏りを示します。
- 脳画像や眼球運動の測定を用いる研究の意義は何ですか?
- より客観的で実用的なASDのサブタイプ分類を可能にし、効果的な支援策の開発に役立ちます。
自閉症スペクトラム症(ASD)は、社会的なやりとりやコミュニケーション、そしてこだわり行動の困難さを中心とした広い特徴を持つ神経発達症のひとつですが、その症状の現れ方は人によって大きく異なります。
たとえば、同じ診断名がついていても、ある人は目を見て話すのが苦手で、別の人は特定の物事に過剰に熱中する傾向があるというように、多様性が非常に大きいのです。
このような多様性を「個性」として尊重しながらも、科学的な視点では、その背後にある脳の働き方のちがい、つまり「神経機能のタイプ分け(サブタイプ)」が存在するのではないかという関心が高まってきました。
もし、ASDの人々の中に共通する脳の機能的な特徴が見つかれば、より的確で個別化された支援や治療につながる可能性があるからです。
中国の研究グループによって発表された最新の研究が、世界中の自閉症研究データを集めた「ABIDE(アバイド)」と呼ばれる大規模なデータベースから得られた脳画像データと、独自に収集した眼球運動のデータを用いて、自閉症の人々の「脳のつながりのパターン(機能的接続)」に基づくサブタイプの存在を明らかにしました。
この研究では、1046人の参加者(ASDが479人、定型発達が567人)の脳の機能的接続の特徴を、静的なもの(平均的なつながりの強さ)と動的なもの(瞬間ごとの変化やばらつき)の両方から分析しました。
こうした脳の「つながり」を測るには、安静時の脳活動を記録するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)という方法が使われています。
まず研究チームは、定型発達の人々の脳のデータをもとに、「年齢や性別に応じて、脳のつながりがどのように変化していくか」を予測する数理モデルを構築しました。
これを「ノーマティブモデル(基準モデル)」と呼びます。
次に、そのモデルにASDの人々のデータを当てはめて、脳のつながりが「普通」からどのくらいずれているかを、Zスコア(統計的な偏差)として算出しました。
その結果、ASDの人々の脳には、静的・動的いずれの指標においても、定型発達とは異なる特徴があることがわかりました。
とくに「前頭頭頂ネットワーク(FPN)」「デフォルトモードネットワーク(DMN)」「視覚関連ネットワーク(ON)」などで、接続が強すぎたり弱すぎたりする傾向が見られました。
さらに、このずれのパターンには個人差が大きく、ASDの人の97.5%が何らかの指標で「極端なずれ(Zスコア2.58以上)」を示していました。
では、こうした多様な脳のパターンをもとに、ASDの人々を分類することは可能なのでしょうか。
研究者たちは、479人のASDの人々のZスコアマップに対して「K平均法」と呼ばれる機械学習の手法を用いて、サブタイプ分けを試みました。その結果、最も安定した分類は「2つのタイプ」であることがわかりました。
この2つのASDサブタイプは、年齢、性別、知能指数、そして診断に使われる臨床評価(ADOS、ADIR、SRS)などには違いがありませんでした。
しかし、脳のネットワークのつながり方には明確な違いがあったのです。
サブタイプ1では、後頭葉(ON)と小脳ネットワーク(Cere)において正のずれ(つながりが強すぎる)が見られ、逆に前頭頭頂ネットワーク(FPN)、デフォルトモードネットワーク(DMN)、帯状皮質-島皮質ネットワーク(CON)では負のずれ(つながりが弱すぎる)が見られました。
一方、サブタイプ2はこれと正反対の傾向、すなわちONとCereで負のずれ、FPN・DMN・CONで正のずれを示しました。
興味深いのは、こうした「脳の違い」が、実際の行動にもあらわれているという点です。
研究チームは、別の21人のASDの子どもたち(年齢5~9歳)に対し、眼球運動を測定するタスクを実施しました。
これには「顔の表情を見て目に注目する課題」と「人の視線の先にある物体に注意を向ける課題」が含まれています。
このとき、先ほどの脳のサブタイプの分類をもとにして、それぞれの子どもがどちらのサブタイプに当てはまるかをK近傍法という手法で判定し、視線行動の違いを比べました。
その結果、サブタイプ2の子どもたちは、怒り・恐れ・喜びといった感情表現のある目の部分を見る時間が短く、また、人の視線が向けられた物体への注視時間も短いという傾向がありました。
つまり、社会的な視線のやりとりへの関心が薄いという特徴が見られたのです。
サブタイプ1ではこのような差は見られず、定型発達の子どもたちとほぼ同じように振る舞っていました。
さらに、ASDの症状のひとつである「反復行動(RRB)」のスコアと、眼球運動との関連も分析されました。
その結果、サブタイプ2では、視線を向けられた物体を見る時間が短いほど、反復行動のスコアが高くなるという強い負の相関が見つかりました。
しかし、サブタイプ1ではこのような関係は見られませんでした。
これらの結果から、この研究は次のような重要なメッセージを伝えています。
すなわち、「自閉症」と一言で言っても、その背景には異なる脳の働き方が存在し、それぞれに異なる認知や行動の傾向があるということです。
しかも、外から見る限り、症状の重さや種類はほとんど変わらなくても、脳の中ではまったく逆の特徴が存在することもあるのです。
これまで、自閉症への支援や治療は「ひとつの診断名に基づいた画一的なアプローチ」がとられがちでした。
しかし、この研究は「脳のサブタイプ」に応じた個別化された支援の必要性を強く示しています。
たとえば、あるタイプの人には「社会的視線への関心を高めるトレーニング」が有効であるかもしれませんし、別のタイプの人にはまったく異なるアプローチが求められるかもしれません。
今後、この研究成果は、ASDの診断や介入方法に新たな方向性を示すものとして注目されるでしょう。
とくに、fMRIなどの脳画像技術と眼球運動測定を組み合わせることで、より客観的で実用的なサブタイプ分類が可能になると考えられます。
ただし、研究チーム自身も述べているように、この研究にはいくつかの限界があります。
たとえば、年齢の範囲が6歳から56歳に限られていること、文化的背景の異なるデータ(ABIDEと中国国内のデータ)を比較していること、遺伝や環境などの情報が含まれていないことなどです。
今後は、より多様なデータを組み合わせることで、より詳細で正確なサブタイプ分類が進められることが期待されます。
この研究の本質は、ASDを「単なる診断名」ではなく、「神経発達の多様な道筋のひとつ」として理解しようとする姿勢にあります。
一人ひとりがもつ脳のパターンをていねいに見つめること。
それが、よりやさしく、より適切な支援につながる第一歩になるのです。
(出典:Nature)(画像:たーとるうぃず)
より正しい区分が、よりよい支援につながっていきます。
期待しています。
(チャーリー)