この記事が含む Q&A
- 時間を処理する力とは何を指しますか?
- 時間感覚・時間の理解・時間管理の3段階を総合した、時間を感じて理解し、計画・実行する力です。
- ADHDや知的障害の子どもと定型発達の子どもではどのような差が見られましたか?
- 定型発達の子どもは3つの要素と自立感が高い一方、ADHD・知的障害の子どもは時間処理や日常の時間管理が難しい傾向がありました。
- 研究が示した4つのタイプと診断名との関係はどうですか?
- 4つのタイプが診断名に必ずしも対応せず、同じ診断名の中でも時間の扱い方に幅があることが示されました。
日常生活の中で「時間をうまく使うこと」は、学校生活や家庭での自立、そして将来の社会参加に深く関わっています。
朝の支度に間に合うこと、課題の締め切りを守ること、遊びと休憩の時間を切り替えること。
こうした一つひとつの行動の背景には、「時間を感じ、理解し、扱う力」があります。
この研究は、ADHDのある子ども、知的障害のある子ども、そして定型発達の子どもを比較しながら、「時間を処理する力」と「日常の時間管理」、さらに子ども自身が感じている「自立感」の関係を、丁寧に調べたものです。
対象は9〜15歳の子どもたちで、年齢と性別をそろえた3つのグループが設定されました。
研究者たちはまず、「時間を処理する力」を、単一の能力ではなく、いくつかの段階からなるものとして捉えています。
最も基礎となるのが「時間感覚」です。
これは、ある行動が長いか短いかを感じ取る力です。
その次に「時間の理解」があり、曜日や月、順序といった時間の概念や、時計を読んだり計算したりする客観的な時間の理解が含まれます。
そして最も高度な段階が「時間管理」で、行動を順序立て、必要な時間を見積もり、実行する力です。
これらを総合したものが、時間を処理する力とされています。
調査の結果、定型発達の子どもたちは、時間を処理する力、日常の時間管理、そして自立感のいずれもが最も高い水準にありました。
一方で、ADHDのある子どもと知的障害のある子どもは、いずれも時間を処理する力が低く、日常の時間管理にも困難が見られました。

特に注目されたのは、ADHDのある子どもです。
時間を処理する力は知的障害のある子どもより高い場合が多いにもかかわらず、保護者が評価した日常の時間管理は、知的障害のある子どもよりも低い傾向が示されました。
研究者たちは、その理由として、周囲から求められる期待の違いや、時間補助具の使用状況の差など、環境的な要因の影響も考えられると述べています。
一方、子ども自身が感じている自立感については、時間を処理する力の水準と強く結びついていました。
時間をうまく理解し扱える子どもほど、「自分でできている」「自分で決めて行動できている」と感じている割合が高くなっていました。
この傾向は、診断名に関係なく共通して見られました。
さらにこの研究では、「診断名」だけでは捉えきれない個人差に注目するため、子どもたちを時間を処理する力のパターンによって分類しています。
その結果、4つのタイプが見いだされました。
- すべての段階で比較的うまくできている子
- 基礎的な時間感覚や概念はできるが客観的な時間や管理が難しい子
- 時間感覚のみが保たれている子
- そしてすべての段階で大きな困難を示す子
重要なのは、これらのタイプが、必ずしも診断名ごとに分かれていなかった点です。
ADHDのある子どもは複数のタイプに分布しており、知的障害のある子どもも同様に多様でした。
つまり、「ADHDだからこう」「知的障害だからこう」と一括りにすることはできず、同じ診断名の中にも、時間の扱い方には大きな幅があることが示されています。

また、年齢との関係を見ると、時間を処理する力が低いタイプに属する子どもほど、年齢が高い場合もありました。
これは、時間を処理する力の発達が、単純に年齢とともに自然に追いつくとは限らず、支援や介入の有無が重要である可能性を示唆しています。
研究者たちは、こうした結果を踏まえ、支援のあり方についても言及しています。
時間の困難を「性格」や「努力不足」として扱うのではなく、どの段階の時間処理に困難があるのかを評価し、その子どもに合った支援を行う必要があるとしています。
時間補助具の使用や、時間感覚そのものを育てるトレーニングなど、段階に応じた支援が有効である可能性が示されています。

この研究が伝えているのは、時間の問題は見えにくいけれど、日常生活や自立、参加に深く関わる重要なテーマだということです。
そして、診断名だけではなく、その子どもが「時間をどう感じ、どう理解し、どう扱っているのか」に目を向けることが、より適切な理解と支援につながる、という静かなメッセージでもあります。
時間に遅れてしまうこと、うまく切り替えられないこと、計画通りに進まないこと。
その背後には、努力ではどうにもならない認知の特性が隠れている場合があります。
この研究は、そうした日常のつまずきに、科学的な言葉と構造を与えたものと言えるでしょう。
(出典:chirdren DOI:10.3390/children13010143)(画像:たーとるうぃず)
「ADHDだからこう」「知的障害だからこう」と一括りにすることはできず、同じ診断名の中にも、時間の扱い方には大きな幅があることが示されています。
知りませんでした。そうだったのですね。
診断名にとらわれず、よく見て困難を理解しなければなりません。
(チャーリー)





























