この記事が含む Q&A
- 自閉症のある人は日常の聴覚でどんな困難を感じるのでしょうか?
- 会話の聞き取り・音の方向判断・音の明瞭さの3つの側面で困難が現れ、特に会話の聞き取りの負担が大きいと報告されています。
- なぜ聴力検査で問題なくても「聞き取りにくさ」を感じることがあるのですか?
- 聴力自体は正常でも、音を整理・理解する脳の情報処理に差があり、環境や情報量の多さで処理が追いつかなくなるためと考えられています。
- 聴覚の困難に対応するにはどんな工夫が有効ですか?
- 静かな環境づくり、話す時間を長く・話す速さをゆっくりにする、補聴技術の活用などが有効性が示唆されています。
自閉症のある人が「音」をどのように感じているかは、これまで多く語られてきました。
けれど、それは「感覚が過敏」「刺激が苦手」という一般的な説明で終わってしまい、本人が日常生活の中でどのように“聞こえているのか”までは、十分に研究されてきませんでした。
耳が痛くなるほど強い音に反応したり、逆に特定の音を聞き逃しやすい、といった経験はよく知られています。
しかし今回の研究が明らかにしたのは、“単なる聞こえ方の違い”ではなく、生活のあらゆる場面で現れる、もっと深いレベルの「聞き取りのむずかしさ」でした。
オランダのラドバウド大学、マックス・プランク心理言語学研究所、アムステルダム大学の研究チームは、自閉症のある大人と、自閉症ではない大人が、日常の音をどのように聞いているかを比べました。
特徴的なのは、「診断のある人」だけではなく、「自分はおそらく自閉症だと考えている人」も調査対象に含めたことです。
診断の有無に関わらず、自分の感じている困難を研究に反映させるべきだという考え方に基づいています。
診断を受けるまでのハードルが高い国や地域では、自己認識のまま生きている人が多く、そうした声を無視しない姿勢が、この研究の大きな価値でもあります。

研究で使われたのは、音の聞こえ方を簡潔にたずねる15項目の質問票です。
「会話の聞き取り」「音がどこからしているかの判断」「音の明瞭さ」という三つの側面から日常の“聴覚体験”を評価する仕組みです。
にぎやかなカフェ、家の中の物音、歩いているときの車の音、会話中の雑音など、誰もが経験する場面を思い浮かべながら答える形式になっています。
結果として、自閉症のある人はすべての側面で、自閉症ではない人よりも低い得点を示しました。
つまり、会話の聞き取りにも、音の方向の判断にも、音の明瞭さにも困難を感じているということです。
とくに差が大きかったのは、「会話の聞き取り」です。
複数の人が同時に話す場面、雑音のある環境、声が重なりやすい場所では、自閉症のある人たちは「聞こえているはずなのに内容がとらえにくい」と感じていました。
これは、言語の理解そのものの問題ではありません。
「耳に入ってきた音をどう整理するか」という、より基礎的な情報処理の段階で困難が起きている可能性が高いと考えられています。
興味深いのは、自己認識の段階の自閉症の人も、診断のある人とほとんど同じパターンの困難を訴えていたことです。
「自分は自閉症だと思うが、まだ診断は受けていない」という人たちも、会話の聞き取りに強い負担を感じていました。
この結果は、当事者の感覚そのものを尊重して研究を進めることの重要性を示しています。
質問票の採点では、自閉症のある人は総合的な得点でも、自閉症ではない人より明らかに低く、これらの違いは統計的にも、そして臨床的にも意味のある差でした。
単なる“ちょっとした違い”ではなく、生活に影響するレベルの困難であることがはっきりと示されたのです。

この研究の重要な点は、参加者に「聴力の問題があるかどうか」を確認し、聴覚そのものの障害がある人は調査から除外しているところです。
つまり、一般的な聴力検査では正常とされる人でも、自閉症のある人は明らかに“聞こえにくい”と感じる場面が多いということです。
「聞こえているけれど、理解が追いつかない」「声と雑音が同じ大きさで耳に入ってくる」「相手の話すスピードについていけない」――こうした声は珍しくありません。
研究の中で参加者が語った体験には、いくつか共通点がありました。
ある人は「背景の音が、相手の声と同じ重要度で耳に入ってきてしまう」と述べました。
つまり、脳が“会話を優先して処理する”という切り替えがうまく働かないのです。
別の人は、「話している人が速く話すと、意味を理解するまでに時間がかかる」と言います。
これは、音としての情報が多すぎるため、理解に必要な処理が追いつかなくなるためだと考えられます。
また、多くの人が「会話にはエネルギーを使う」と語っていました。
大きな音、明るい場所、人混み、複数の声――これらが同時にあると、自閉症のある人にとっては“処理すべき情報”が一気にふえてしまいます。
そのため、会話を続けるだけで疲れを感じ、帰宅後にどっと疲労感が押し寄せることもあります。
空間的な聞き取り、つまり「どこから音が鳴っているか」を判断する能力についても、自閉症のある人は難しさを感じていました。車が近づいてくる方向、人混みの中の声、背後からの足音など、位置を判断する場面で迷いやすいという報告が多かったのです。
これは安全面にも関係し、外出を避ける理由になることもあります。
しかし一方で、「音の質」については個人差がありました。
診断のある人では自閉症ではない人と比べて明瞭さの得点が低い傾向がありましたが、自己認識の人では差が小さく、「自閉症ではない人とほぼ同じ」結果でした。
とはいえ、会話の聞き取りという最も負荷の高い場面では、両方のグループが自閉症ではない人より低い得点を示しています。
研究チームは、こうした結果を「自閉症のある人の多くに共通する、日常的な聴覚の困難がある」と解釈しています。
従来、自閉症の“感覚過敏”は特定の音に対する反応として語られがちでしたが、今回の研究は“日常の音すべてをどう処理するか”という広い視点から、その困難を示しました。
これらの困難は、本人の努力不足でも、集中力の問題でもありません。
音を処理する脳の仕組みが少し異なるために、普通の会話でも大きなエネルギーが必要になります。
「静かな環境なら問題なく話せる」という人も多く、条件次第でコミュニケーションが大きく変わるのも特徴です。

また今回の研究は、診断の有無に関わらず、本人が「自分は自閉症にあてはまる」と感じている場合、その体験は多くの場合、実際の自閉症の特性と一致していることも示しました。
支援の現場では診断の有無に注目しがちですが、本人の感じている生活上の困難は、診断とは別に尊重されるべきものであるというメッセージがここにあります。
そして、この研究は“短い質問票でも自閉症の聴覚の困難を正確に捉えられる”という点でも重要です。
負担の少ないツールが広まれば、学校や職場、医療機関などで、自閉症のある人の困難を早期にとらえ、必要な支援につなぐことができるようになります。
では、こうした聴覚の困難と向き合うには、どのような工夫が役立つのでしょうか。
研究チームは明確な答えを提示しているわけではありませんが、本人の語りからいくつかのヒントが得られています。
まず、「静かな環境づくり」が最も効果的です。
会議室での雑音の抑制、家でのテレビ音量の調整、学校での席の配置など、音を少なくすることで会話の負担は大きく減ります。
また、「ひとりが話す時間を長めにする」「話す速さを少しゆっくりにする」といったコミュニケーション上の工夫も有効です。
自閉症のある人は“意味を理解するまでの処理時間”が必要な場合があり、テンポの変わる早口だと追いつきにくくなるためです。
さらに、補聴技術の研究も進んでおり、特定の音だけを強調して聞き取りやすくする機器が自閉症のある人に有効だったという報告も出ています。
これらの技術が普及すれば、会話の負担は将来的に大きく軽減する可能性があります。

ただし最も大切なのは、「聞き取りにくさは存在する」という前提を社会が理解することです。
一般的な聴力検査では問題がないため、“ちゃんと聞いていない”“集中していない”と誤解されやすい困難ですが、本人にとっては確かな現実です。
この研究は、自閉症のある人がどれほど日常の音に負担を感じているかを、丁寧に定量化した貴重なものです。
そして同時に、人間の“聞く力”がどれほど複雑で、環境や状況に影響されやすいかも示しています。
自閉症のある人が安心して暮らすには、音の環境を整えることが欠かせません。
研究の最後に示されたメッセージは、静かで力強いものでした。
「聴覚の困難は、自閉症のある大人に広く共通する体験である。
そしてその困難は、診断の有無にかかわらず“本人の声”として尊重されるべきである」
日常生活の中で、声、雑音、環境音がどのように重なって聞こえているのか。
その体験を理解することは、自閉症のある人と共に生きる社会をつくるための、重要な一歩です。
自閉症のある人が「話すのが疲れる」「声が聞き取りにくい」と感じるとき、そこには見えない理由があります。
その背景にある感覚のちがいを知ることで、私たちはもっとやさしい環境をつくることができます。
(出典:Autism DOI:10.1177/13623613251391492)(画像:たーとるうぃず)
聴力検査で問題はなくても、「聞き取りにくさは存在する」。
広く知られてほしいと思います。
(チャーリー)




























