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みんな違っていい、ニューロダイバーシティ

time 2017/06/27

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みんな違っていい、ニューロダイバーシティ

ニューロダイバーシティ(脳の多様性)とは何でしょうか?
これは、人々の範囲の広い脳の状況について指す言葉です。
統合運動障害、失語症、ADHD、計算障害、自閉症、トゥレット症候群その他も含むものです。
そして、ニューロダイバーシティという言葉はざまざまに使われます。
自閉症スペクトラムの人にとっては、それは自閉症を指す言葉だと考えています。
自分たちと他の人たちを分けることができる、「ふつう」とは違うことを指すものと考えています。
ニューロダイバーシティの概念の中心には、脳の状況が違うのであって、治療を行う必要はないという考え方があります。
わずかな支援と協力と理解があればよいとします。
そして、人類の多様な脳を、人類の能力の可能性として見ようとするものです。
多様な脳の人たちの思考によって、人類の種としての進化、科学の進歩、創造的な芸術が生まれるのです。
脳神経学的に99%と同じ人たちで構成されたグループに問題が与えられたとき、その問題の解決は残りの1%の人たちによって解決されることが多いことが何度も示されています。
しかし、その1%の人は多くのあいだ、それどころかずっと、障害のある人として認識されてきた可能性があります。
ニューロダイバーシティの考えからすれば、それは障害のある人では決してありません。極端に能力が高いために、ふつうではない人たちなのです。
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ニューロダイバーシティを支持する多くの人にとっては、どういうかたちにせよ、治さなければならないという考えは、同性愛やLGBTを治癒ができるのと考えるのと同じように、全く否定するものです。
ニューロダイバーシティの考えからすれば、ふつうの人と違うということは、多様な脳の存在の本質であり、ふつうの人たちの社会に適合するように、操作されたり強要するべきものではないのです。
一方、ニューロダイバーシティの考え方に反対する人で、脳の状況が違うことによって、人としての機能が損なうことがあると考える人がいます。これは、人種や性別による違いと同じことで、全く事実ではありません。とんでもないものです。
ニューロダイバーシティへの批判の有益なものは、ニューロダイバーシティがふつうの人に近い「高機能」の人たちに偏ったものであることを指摘するものです。
「低機能」の自閉症の人たちの利益は誰が守るのかという論争があります。
低機能の人たちは、日常生活で必要となる機能に障害をかかえるために、自分の意見や願いを伝えることがうまくできません。
そのため、ニューロダイバーシティの考え方に反対する人は、差別されている障害がある人を見たときに、単にそれを脳の多様性という、違うと認めるだけで、済ましてしまうことは間違っていると主張します。
私は、ニューロダイバーシティという言葉は意味のあるものだと感じています。
しかし、それぞれの個人がそれを使い出すと、少しおかしな感じがします。
私は、ふつうではない人たちに属すると思いますが、私は自身がニューロダイバーシティを代表できる一人だとは思えません。
私は、発達障害の成人です。
40歳になるまで、自分が発達障害であることを知りませんでした。
20歳の頃、それより前から知っていたら、どれだけ助けになったでしょうか。
他の人たちがふつうに行うことができないのを心配したり、ふつうでいることに心配をすることが、これまでにたくさんありました。
自分がふつうとは違うということを知って受け入れたことで、障害があるという気持ちよりも、はるかに健康的な気持ちになりました。
他の人と私が違うことを説明できる最善の方法を見つけることができたのです。
d3-1 みんな違っていい、ニューロダイバーシティ
私たちは、MacとWindows、プレイステーションとXBOXの違いを知っています。
似ているような見た目で、多くの同じようなことができます。
しかし、MacでWindowsのソフトは動きません。プレイステーションでXBOXのゲームは動きません。
同じようで、それぞれ違うのです。
Windowsのソフトが動かないからといって、Macが壊れているわけではありません。
ふつうの人とは、違うOSのふつうではない人は、壊れているわけではないのです。
発達障害の成人の多くが失業していたり、パートタイプの雇用です。
企業がふつうの人とおなじかたちで、見て、扱おうとするために雇用を躊躇するためです。
しかし、例えば自閉症の人はものすごい記憶力を持ち、高度に知的で、長い時間に渡って欠陥を見つけることができたりします。
自閉症の人からすれば、ふつうの人は、集中力がなく、社会的なルールに強迫的になっており、細部への注意などができなくて、自分を苦しませる存在です。
ニューロダイバーシティの話に戻すと、その概念は全ての人たちの脳の状況を含む概念です。
「ニューロダイバーシティの人」そのような言葉の使い方はできません。ひとりの人を指すことはできないのです。
みんな脳の状況は違うのですから。
ニューロダイバーシティとは、ふつうではない人たちを含む非医学的な言葉で、いわば文化を意味するものです。
そして、ふつうの人たちから距離があることによって、疎外され対応が必要とする人たちには、医療的な支援が必要であるように、実際に違いを認めるだけでは済まない問題はあるのです。
ニューロダイバーシティに対して、自分はどうすればよいのでしょうか。
あの人がふつうの人なのか、そうでない人なのか、そう考えるのではありません。
自分がふつうの人なのか、そうでないのかを人に伝えてください。
すべての人たちを受け入れる、みんなが自分のOSについてオープンになっていいんだという安心できる、偏見がない気持ちを伝えてください。
自分のOSをみんなとやりとりできるインタフェースを持ったOSにしてください。
これが、対等な多様性、ダイバーシティです。
ダイバーシティは、みんなが対等である場合にのみ、利益があるものです。
d4 みんな違っていい、ニューロダイバーシティ
企業が創造的に繁栄する、創造的な優位性を活かす存在になるためには、その人がどれだけ貢献をしてくれるのか以外の評価や調査は無意味であることを認識しなければなりません。
性別、人種、思想、脳の多様性など、それぞれ異なっていても、お互いを認め、対等である場所になる必要があります。
また、極端に知能の高い人を雇用する場合には、その人は他の人を理解することができない場合があることを知り、対応するシステムを設けることも必要です。
例えば、狂ったほどの能力のある技術者が、タイムシートに記入をしない場合には、怠けているのではなくて、時間の概念がなかったり、それを記入するためのスキルがないのかもしれません。
ニューロダイバーシティとは、脳の状況が、一般の生活においてふつうの人とふつうでない人が混ざっていることです。
そして、それは人類にとって重要なものです。
ある瞬間に、どのOSが一番優れているといえるでしょうか?
これまで以上に速く変化する世界において、多様性を尊重し育てていくことが、私たちが誇りにできる世界を創造していくための方法となるのです。
(出典:英campaign
みんな違うから、みんな同じなんだと思います。
そして、同じなんだから、同じ扱いをするのではなく、
それぞれ同じように大事なので、それぞれの必要にあわせて違う扱いが求められるのだと思います。
 
マイクロソフトが自閉症の人を雇用する理由

(チャーリー)

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