
この記事が含む Q&A
- ASDの中に頭が大きい人がいるのはなぜですか?
- 脳の細胞増加や不要な細胞の消失の障害によるためです。
- 遺伝子の異常はASDの原因の一つですか?
- はい、1000以上の関わる遺伝子が発見されています。
- 脳の発達に関わる重要な経路は何ですか?
- 「PI3K-AKT-mTOR」「Wnt-βカテニン」「RAS-MAPK」の3つです。
自閉症スペクトラム症(ASD)は、生まれつき人と少し違った感じ方や考え方、ふるまいがある特性です。
たとえば、大きな音やまぶしい光に敏感だったり、同じことを繰り返すのが落ち着く、友だちとのやりとりが苦手、といった特徴があります。
ASDは世界中にみられ、およそ100人に1人、つまり1%の人が該当します。男性に多いことも知られており、女性の約4倍です。
ASDのなかには「マクロセファリー(巨頭症)」、つまり頭がとても大きい人たちがいます。
子どもの場合、同じ年齢・性別の子のうち上位3%より頭囲が大きいと診断されます。
実際、ASDの人の約20%がマクロセファリーに当てはまります。
このグループは、知的な発達や言葉の発達が遅れやすかったり、社会的なやりとりがさらに難しくなりやすい傾向があることも分かっています。
では、なぜASDの中に頭が大きい人がいるのでしょうか?
この疑問に答えるため、オーストラリアのクイーンズランド大学の研究グループが世界の多くの研究結果をまとめ、ASDとマクロセファリーに共通する脳の発達や遺伝子、細胞の仕組みを詳しく解説します。
ASDの原因としてもっとも注目されているのは「遺伝子」です。
実際、ASDと関わりのある遺伝子は1000個以上見つかっています。
多くは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中で育つあいだや、生まれてからの脳の発達に大きく影響します。
とくに、脳の「大脳皮質」「海馬」「小脳」など、記憶や感情、考える力を担う部分でこれらの遺伝子が働いています。
ただし、遺伝子がひとつだけ原因になることは少なく、たくさんの遺伝子が少しずつ関わり、さらに育つ環境なども影響して、ASDの特徴が現れると考えられています。
なので「スペクトラム」と呼ばれ、症状や特性が一人ひとり違うのです。
マクロセファリーのASDでは、脳全体が大きくなる人もいれば、「前頭葉」や「側頭葉」、感情をつかさどる「扁桃体」、記憶をつかさどる「海馬」など、特定の部位だけが大きくなることもあります。
MRI(磁気共鳴画像)などを使った研究では、脳の「白質(神経の信号を伝える部分)」や「灰白質(神経細胞が多い部分)」が増えていることも確認されています。
では、脳はどうやって大きくなりすぎるのでしょうか?
まず、「神経細胞やグリア細胞がふつうより多く作られる」ことが考えられます。
人間の脳は、生まれる前から赤ちゃんのあいだ、神経細胞がどんどん作られて増えていきます。
ASDでマクロセファリーの人は、この時期に細胞が増えすぎてしまう場合があります。
また、脳が大きくなるもう一つの原因は「アポトーシス(不要な細胞が消える自然な仕組み)」がうまく働かないことです。
通常は使われない細胞が適切に減ることで、脳の大きさやバランスが保たれますが、これがうまく起こらないと細胞が残りすぎ、脳全体が大きくなります。
さらに、「神経細胞そのものが大きくなる(神経細胞の肥大化)」ことや、脳の「髄鞘(ずいしょう)」と呼ばれる、神経の信号を素早く伝える白いカバーが厚くなりすぎる場合も、脳の体積が増えます。
こうした脳の発達や細胞の増えすぎには、体の中の「シグナル伝達経路」と呼ばれる情報ネットワークが関係しています。
とくに重要なのは「PI3K-AKT-mTOR経路」「Wnt-βカテニン経路」「RAS-MAPK経路」という3つの経路です。
たとえば、「PTEN(ピーテン)」という遺伝子は、PI3K-AKT-mTOR経路の中で細胞の増えすぎを防ぐブレーキ役です。
PTENに異常があると細胞が増えすぎてしまい、脳が大きくなります。
実際に、マクロセファリーのASDの約17%でPTENの異常が関わっています。
「Wnt-βカテニン経路」は、細胞を増やすスイッチのひとつです。
この経路に異常があると、やはり細胞が増えすぎたり減りすぎたりして、脳の大きさに影響を与えます。
「RAS-MAPK経路」は、細胞がどんな種類になるか決めたり、成長のスピードを調整したりします。
RAS-MAPK経路の異常は「神経線維腫症」などの病気でも見られ、ASDやマクロセファリーと関係しています。
また、最近では「エピジェネティクス」という言葉もよく聞かれるようになりました。
これは「遺伝子の使い方を調整する仕組み」で、遺伝子自体が変わらなくても、どの遺伝子を使うかで体の特徴が変わります。
たとえば「ヒストン修飾」や「DNAメチル化」などがあり、これらもASDやマクロセファリーの仕組みに影響しています。
こうした細胞や遺伝子の仕組みの異常によって、脳の特定の部分が大きくなったり、細胞同士のつながり(シナプス)が多すぎたりすることが、ASDのマクロセファリーの特徴を生み出していると考えられます。
まとめると、ASDで頭が大きくなる人がいる理由は、「脳の細胞が増えすぎる」「不要な細胞がうまく消えない」「神経細胞が大きくなりすぎる」「神経のカバーが厚くなりすぎる」など、いくつもの原因が重なり合っているためです。
そして、こうした現象を引き起こす背景には、遺伝子や体内の情報ネットワークのバランスの崩れがあります。
今後の課題は、こうした脳の過成長がどんな仕組みで起こるのか、なぜ一部の人だけに起きるのかをさらに細かく明らかにすることです。
それが進めば、ASDやマクロセファリーの診断や、よりよい支援、将来的な治療方法のヒントになると期待されています。
(出典:frontiers)(画像:たーとるうぃず)
困難につながる原因、それを理解することによる、より困難が減る支援、療育、につながることを願います。
(チャーリー)