
この記事が含む Q&A
- PTEN遺伝子の働きが弱いと自閉症の人は不安や恐怖を感じやすくなるのですか?
- 研究によれば、PTENの働きが弱いと脳のバランスが崩れ、強い不安や恐怖を引き起こすことがわかっています。
- 自閉症の方が感じる不安や恐怖の背景に脳の仕組みが関わっていると理解できますか?
- はい、脳内の細胞のつながりや信号のバランスの崩れが、感情のコントロールに影響していると示されています。
- これからの研究や治療では、どのように自閉症の方の不安や恐怖を和らげることが期待されますか?
- 脳内の細胞や回路の働きを調節する薬や治療法の開発が、今後の期待されています。
アメリカのマックスプランク・フロリダ神経科学研究所の研究チームが、自閉症の原因の一つとして注目される「PTEN」という遺伝子が、私たちの脳で不安や恐怖を感じやすくなる仕組みにどのように関わっているかを丁寧に調べました。
自閉症は「人との関わりが苦手」「同じことを繰り返す」「感覚がとても敏感」「急な変化が苦手」といった特徴を持ちます。
とくに「不安」や「恐怖」を感じやすい方が多いことがわかっています。
しかし「なぜそのような気持ちが強くなるのか」「脳の中で何が起きているのか」は長い間はっきりしませんでした。
この研究は、そうした「こころ」の問題が「脳の中の働き」と深くつながっていることを、実際の細胞や回路レベルで解明しようとしたものです。
PTENという遺伝子は、体や脳の細胞が増えすぎないように止める働きを持っています。
最近の研究で、自閉症の人の中には、頭が大きくてPTENの働きに変化がある人が多いことが分かってきました。
そして今回の研究では、自閉症の人の中にPTENの働きが弱い人が多いことに注目しました。
研究チームは、このPTENの働きが脳でどのような役割をしているのかを調べるため、脳の「扁桃体」という感情をコントロールする部分だけでPTENが働かなくなる特別なマウスを作りました。
このマウスを調べることで、自閉症の人の脳の中でどんなことが起きているのか、そしてなぜ不安や恐怖を感じやすくなるのかを知ろうとしたのです。
まず「不安」や「恐怖」に関わる行動テストを行いました。
たとえば「明るい場所と暗い場所を行き来できる部屋」や「高い場所」「大きな音」「突然の光」にどれくらい敏感かを調べます。
結果として、PTENがないマウスは普通のマウスに比べて明らかに「不安」や「恐怖」を強く感じる行動が多く、暗い場所にとどまったり、音への驚きが強かったりしました。
また「怖い経験」をすぐ覚えてしまう傾向も見られました。
なぜこんなことが起こるのか、研究チームは脳の中の細胞どうしの「つながり方」に注目しました。
最新の技術を使い「細胞どうしがどれくらい強くつながっているか」を調べたところ、「抑える細胞」どうしや、他の細胞とのつながりがPTENがないと半分に減っていました。
つまり、「ブレーキ役」が弱くなり、「興奮させる信号」が強くなってしまうのです。
また、別の脳の部位(基底外側核)からの「興奮する信号」も強くなっていることがわかりました。
「不安や恐怖を感じる」スイッチが入りやすくなっている状態です。
本来なら「怖い!」という気持ちが大きくなりすぎないよう「抑える回路」が働きますが、PTENがないとその力が弱くなり、気持ちを落ち着かせるのが難しくなります。
さらに、「神経細胞の大きさ」や「枝分かれの数」自体は増えている場合もあるものの、「実際に働くつながり(信号を伝える力)」が減ってしまうこともわかりました。
つまり「数」や「形」だけでなく、「本当に働いているか」が大切なのです。
このバランスの崩れは日常生活にもあらわれます。
たとえば、ふだん気にならない小さな音や、ちょっとした光の変化などにとても敏感になり、急に不安が高まったり、パニックになったりすることもあります。
学校や仕事、家庭など、普段の生活で自閉症の人がこうした困難に直面することはめずらしくありません。
今回の研究は、「気持ちの揺れ」や「パニック」の背景に、脳の中の細胞や回路の働き方という“見えないバランス”が深く関わっていることを明らかにしました。
私たちの脳には「アクセル」と「ブレーキ」のような役割を持つ細胞があります。
PTENは「ブレーキ役」がしっかり働くために必要です。
もしPTENが働かないと、「ブレーキ」が弱くなり、なんでもすぐ「怖い」「不安だ」と感じやすくなります。
それに加えて「もっと感じろ!」というアクセルの信号も強まるので、気持ちをうまく抑えられなくなります。
この発見は、支援や治療にも役立つヒントを与えてくれます。
まず、自閉症の人が「わがままだから」「甘えているから」ではなく、脳の中のバランスの問題でコントロールが難しくなっていることが、科学的に証明されたことになります。
また、将来的には「特定の細胞や回路」に働きかける薬や治療法の開発も期待できます。
脳の中のPTENに関わるしくみを整えることで、不安や恐怖をやわらげる新しい方法が生まれるかもしれません。
研究チームは、「今回の成果はマウスでの基礎的な結果だが、今後は人間の脳でも同じような仕組みがあるかを調べ、実際の治療や支援につなげていきたい」と述べています。
他にも気持ちをコントロールする遺伝子や細胞について研究が進めば、自閉症に伴うさまざまな困難の理解や解決が期待できそうです。
今回の研究は「不安や恐怖を感じやすくなる脳の仕組み」を、細胞と遺伝子レベルで明らかにした重要な成果です。
自閉症の人たちが日々直面している「不安」や「恐怖」の強さは、本人の努力不足ではなく、脳の中の繊細なしくみが原因なのです。
(出典:frontiers)(画像:たーとるうぃず)
「不安」や「恐怖」が強くなってしまう、それは、脳細胞レベルで見られる違いから生じてしまう、本人の努力如何に関わらない物であることを知っておいていただきたいと思います。
(チャーリー)