
この記事が含む Q&A
- ADHD傾向がオンラインゲームの問題行動に影響を与えるのはなぜですか?
- ADHDの衝動性や自己制御の難しさが、ゲームへの過度ののめり込みにつながるためです。
- オンラインゲームとメンタルヘルスの関係をどのように理解すれば良いですか?
- 問題的なゲームの使い方が、メンタル不調のリスクを高める媒介となる可能性があると理解することが重要です。
- 子どもたちのゲームの使い方をどう支援すればよいですか?
- 生活への影響が少なくなる適切なゲームの使い方や、健康的なバランスを意識した指導が必要です。
わたしたちの身の回りでは、注意欠如・多動症(ADHD)とオンラインゲームの関係について語られることがあります。
集中が続かず、落ち着いて過ごすことが難しいとされるADHD傾向をもつ子どもたちが、オンラインゲームに強くのめりこんでしまうという声は、臨床や教育の現場でもしばしば聞かれます。
そして、そのゲームとの関わり方が、思春期以降の心の健康にどのような影響を与えているのかは、多くの人にとって気になる点ではないでしょうか。
このような疑問に対して、日本と海外の複数の研究機関による調査研究が発表されました。
研究には、国立精神・神経医療研究センター、東京都医学総合研究所、東京大学、京都大学、イギリスのKing’s College London、アメリカのニューヨーク大学といった組織が関わっており、多国籍かつ学際的な共同研究として行われました。
この研究では、ADHD傾向とオンラインゲームの問題的な使用、そしてその後のメンタルヘルスの問題との関係について、因果関係の流れを三つの時点で捉えることで、初めてその「つながり」を科学的に示しました。
使われたのは、東京都内の約3,000人の思春期の子どもたちを対象とした「東京ティーンコホート」のデータです。
この研究の主な問いは三つあります。
- 14歳の時点で「問題的なオンラインゲームのしかた」をしていると、16歳でメンタルの不調があらわれやすくなるのか。
- 12歳時点でADHD傾向があると、2年後の14歳に「問題的なオンラインゲーム」の傾向が高まるのか。
- ADHD傾向とその後のメンタルの不調の間に、オンラインゲームの影響が「媒介(仲介)」として存在するのか
という点です。
まず最初に、研究者たちは14歳のときの「問題的なオンラインゲームのしかた」が、16歳のときのメンタルの状態にどう関係しているのかを調べました。
結果として、14歳時点でゲームにのめり込む傾向が強かった子どもたちは、16歳時点でのうつ症状、不安症状、幻覚的な体験のリスクが明らかに高まっていることが示されました。
たとえば、問題的なゲーム傾向が強かった場合、うつ症状のリスクは1.62倍、不安症状では1.98倍、幻覚体験では1.72倍にのぼりました。
また、幸福感の低下も1.54倍に達していました。
これは統計的に十分な差であり、問題的なオンラインゲームの影響がメンタルの不調と確実に関連していることを示しています。
次に、ADHD傾向がゲームのしかたに影響を与えているのかについての分析が行われました。
12歳の時点でADHD傾向が強かった子どもほど、14歳時点で問題的なオンラインゲーム行動を示す割合が高くなっていました。
具体的には、ADHD傾向が1標準偏差高くなるごとに、問題的なゲームのスコアも有意に上昇していました。
これは、ADHDの特徴である衝動性や抑制の難しさが、のめりこみやすさを後押ししている可能性を示唆しています。
そして最後に行われたのが、「媒介分析(メディエーション・アナリシス)」です。
これは、ADHD傾向がメンタル不調に影響を与えるルートのうち、どれくらいが「問題的なゲーム行動」を通っているのかを分析するものです。
結果として、ADHD傾向がうつ症状に与える影響のうち、約29.2%がゲーム行動を通じて生じていることがわかりました。
不安症状については12.3%、幻覚体験では20.6%、幸福感の低下では22.1%が、ゲームを通じて説明できるものでした。
つまり、ADHD傾向からメンタル不調への道筋の一部に、「オンラインゲームのしかた」という“橋”が存在していたことになります。
これらの結果は、ただの相関関係ではなく、因果関係として成立するように慎重に設計されていました。
時間の順序が明確で、12歳→14歳→16歳という三時点で情報を取得したこと、また、体格、知能指数、家庭収入、孤独感、友人関係、親との関係、地域のつながりなどのさまざまな要因を調整したうえでの分析だったため、非常に信頼性の高いものといえます。
また、男女別の分析でも、同様のパターンが確認され、女子のほうがうつ症状との関連がやや強い傾向がみられましたが、他の項目では大きな違いはありませんでした。
研究チームは、こうした関係性があらわれる背景に、「精神的な脆弱性」や「抑制機能の弱さ」といったADHDの特徴があると考えています。
こうした特徴が、ゲームという即時的な満足感を得られる活動において、過度なのめりこみを引き起こす要因となりうるというわけです。
ゲームが一時的な安定や達成感をもたらしてくれることは確かですが、それが長期間にわたる過剰な使用につながると、結果的に心の健康をむしばむこともあるのです。
一方で、この研究は「ゲームそのものが悪い」と主張するものではありません。
実際、ゲームにはポジティブな側面もあり、交流や気晴らし、感情の調整などに役立つという報告もあります。
今回の研究が焦点を当てたのは、あくまでも「問題的なやり方」、すなわち生活への影響が大きくなりすぎたケースです。
こうした知見は、ADHDをもつ子どもやその家族、支援者にとって重要な意味を持ちます。
ADHDの症状は、薬物療法や行動療法によって軽減されることもありますが、必ずしも完全に解消されるわけではありません。
そうしたとき、ゲームとの付き合い方を見直すことが、将来的な心の健康を守るうえで大きな鍵となる可能性があります。
ゲームへののめりこみがADHDとメンタルの不調をつなぐ“架け橋”になっているのだとすれば、その橋を少し調整することで、結果として心の健康を保つことにつながるかもしれないのです。
この研究は、実践的な提言を直接おこなっているわけではありませんが、今後の介入研究や支援の在り方を考えるうえで、多くの示唆を与えてくれるものです。
ADHDと診断された子どもたちの周囲にいる人たちは、ただ「ゲームをやめさせる」「制限する」といった対応ではなく、どのようなゲームの使い方が心の安定や成長につながるのかを見極める視点を持つことが求められます。
また、研究において用いられた「問題的なゲームのしかた」を評価する質問項目は、ギャンブル依存の診断基準を応用したものです。
たとえば、「ゲームをしている時間を自分でコントロールできない」「実生活での人間関係や学業よりもゲームを優先する」「ゲームをやめようとしても失敗する」「ゲームのせいで家族や友人と衝突したことがある」「気分を良くするため、または嫌な気分をまぎらわせるためにゲームをする」といった項目が含まれていました。
こうした行動が複数あてはまる場合、「問題的な使用」とみなされるのです。
このような項目は、財政的依存や追いかけ行動といった、ゲームに関する依存的特徴に焦点を当てており、オンラインゲームの使用の中でも「日常生活に悪影響をおよぼしているかどうか」を重視した内容になっています。
ただし、測定の一貫性には限界があり、結果の解釈には注意が必要とされています。さらに、自己申告によるデータであるため、診断レベルの精度とは異なることも考慮する必要があります。
本研究は、オンラインゲームの「使い方」そのものが、ADHD傾向とメンタルの問題をつなぐ「調整可能な要素」になりうるという点を示しました。
つまり、ADHDの影響をすべて取り除くことはできなくても、その影響が他の問題につながるルートの途中にある「ゲーム行動」を支援することで、よりよい生活の質を実現できる可能性があるということです。
今後は、こうした知見にもとづいて、具体的な支援の方法や介入プログラムの開発が期待されます。
そして、ADHDをもつ子どもたちが、自分の心の状態や行動の背景を理解しながら、健やかな成長を歩んでいけるような社会づくりが進んでいくことが望まれます。
(出典:Nature DOI: 10.1038/s44271-025-00296-5)(画像:たーとるうぃず)
「ADHDと診断された子どもたちの周囲にいる人たちは、ただ「ゲームをやめさせる」「制限する」といった対応ではなく、どのようなゲームの使い方が心の安定や成長につながるのかを見極める視点を持つことが求められます。」
「ゲームへののめりこみがADHDとメンタルの不調をつなぐ“架け橋”になっているのだとすれば、その橋を少し調整することで、結果として心の健康を保つことにつながるかもしれない」
ゲームは決して悪いものではありません。最近はほとんどしませんが、私は大好きです。
すぐに安直に乱暴に取り上げるようなことはしないでください。
「大好きなもの」は、いつかその子の人生を助けたりもするのですから。
(チャーリー)