
この記事が含む Q&A
- SWSはADHDの学習にどんな役割を果たしますか?
- SWSは陳述記憶と手続き記憶を整理・統合し、日中の学習が睡眠中にしっかり定着する大切な役割を果たします。
- ADHDの子どもを対象としたSWS活用の具体的な方法はありますか?
- toDCS、位相同期音響刺激、TMRなどの非侵襲的手法でSWSを強化すると、陳述記憶の回復や学習効果の向上が期待されます。
- SWSを妨げる要因を減らすにはどうしたらよいですか?
- 夜更かしやブルーライト、生活リズムの乱れを減らし、睡眠環境を整えるとSWSの質が保たれ、記憶の整理が進みやすくなります。
この研究は、イギリスのランカスター大学(生物・生命科学学科、心理学科)と、グラスゴー大学(認知神経イメージングセンター)の研究者たちによって行われました。
彼らは、人の眠りを細かく観察できる「脳波計測(EEG)」を使って、眠っている間に脳の中でどんなやり取りが起こっているのかを調べました。
眠りの中でも、いちばん深い段階は「徐波睡眠(スロウウェーブスリープ、SWS)」と呼ばれます。
たとえるなら、一日の終わりに机の上を片付ける時間のようなものです。
昼間に集めた書類やメモ(新しい記憶)を、引き出しの中や本棚(長期記憶)にきちんとしまい直し、不要なものは整理します。
この片付けのタイミングで、脳の中では三つの「片付け係」が息を合わせて働きます。
最初の係は「スローオシレーション」です。
これは0.5〜1Hzのゆっくりとした大きな波で、まるで海の潮の満ち引きのように、脳の活動が高まったり落ち着いたりを繰り返します。
次に「スリープスピンドル」が現れます。
これは11〜16Hzの短く速い揺れで、書類を束ねるホチキスのように情報をまとめる役目です。
そして三つ目は「海馬リップル」。
これは110〜180Hzの短い高周波信号で、海馬という記憶の倉庫から別の場所へ情報を運ぶ、小さなトラックのような役割を果たします。
この三つがタイミングよく動くことで、昼間に学んだことや経験したことが、しっかりと長期保存されます。
たとえば、海馬リップルがスピンドルの谷間に入り、そのスピンドルがスローオシレーションの波の山にぴったり重なるとき、脳はもっとも効率よく記憶を整理できます。
記憶には「陳述記憶(事実や出来事)」と「手続き記憶(技能や手順)」があります。
陳述記憶では、日中に海馬に一時保存された情報が、SWS中に再生され、新皮質へ移されます。
これは、引き出しに入れていたメモをアルバムや資料棚に移す作業に似ています。
手続き記憶の場合は、スポーツのフォームや楽器の指使いのような体の動きが、SWS中に磨かれます。
スピンドルが多く出るほど、翌日のパフォーマンスが良くなるという結果もあります。
さらにSWSは、単に覚えたことを保存するだけではありません。
バラバラだった出来事から隠れたルールやパターンを見つけ出す力も持っています。
これは、パズルのピースを並べ直して、全体の絵が見えるようになる瞬間に似ています。
昼間には気づかなかったつながりが、眠っているあいだに浮かび上がるのです。
ところが、現代の生活はこのSWSを妨げやすくなっています。
夜遅くまでスマホやパソコンを使うブルーライト、生活リズムの乱れ、年齢による睡眠の変化、病気や薬の影響などです。
SWSが減ると、三つの「片付け係」の息が合わなくなり、覚えたことがうまく定着しません。
高齢者ではSWSの減少が認知症のリスク上昇と関係しているとの報告もあります。
アルツハイマー病ではスピンドルが弱く、スローオシレーションも短くなり、記憶の整理が滞ります。
てんかんでも、夜間の発作や海馬の異常な活動がSWS中に起こることで記憶が定着しにくくなります。
一部の薬も、三つの係の連携を弱めてしまいます。
こうした問題に対して、研究者たちはSWSを強化する方法を探しています。
その一つが「経頭蓋交流直流刺激(toDCS)」です。
これは眠りの初めに頭に弱い電流を流して脳の活動を変えるもので、SWS中に行うとスローオシレーションが強まり、記憶が改善します。
ADHDのある子どもを対象にした研究では、陳述記憶の成績が健康な子どもと同じレベルまで回復しました。
この結果は、SWSを活用した学習支援の可能性を示しています。
ほかにも、SWSの波の山に合わせて静かな音を流す「位相同期音響刺激」や、心臓の鼓動と合わせてやさしい振動を与える方法があります。
これらは、波のリズムを崩さずに三つの係の動きを強めるようなものです。
さらに「ターゲット記憶再活性化(TMR)」といって、学習時に特定の音や匂いを一緒に覚え、SWS中にその刺激を与えて記憶を呼び起こす方法もあります。
これは、片付け作業の最中に「これはこの棚だったな」と思い出させるラベルのような役割をします。
SWSは、新しい情報を整理し、既存の知識と結びつけるための脳の夜間作業です。
陳述記憶や手続き記憶を確実に残すだけでなく、バラバラな情報からルールやパターンを見つけ出す力を支えています。
ADHDのように記憶の統合に課題がある場合でも、この深い眠りを整えることで学びや日常生活を助けることができるかもしれません。
今後さらに安全で効果的な方法が確立されれば、年齢やさまざまな条件による記憶低下を防ぎ、学習能力を高めるための頼もしい味方になるでしょう。
(出典:Frontiers DOI: 10.3389/fnbeh.2025.1620544)(画像:たーとるうぃず)
非侵襲な方法であれば、安全で利用しやすいです。
かかえる人の困難を軽減する、医療技術のますますの発展に期待しています。
(チャーリー)