
この記事が含む Q&A
- 乳歯由来の幹細胞は現在どの程度医療に使われていますか?
- 現時点では臨床での実用化は進んでおらず、研究段階にとどまっています。
- 自閉症の治療に使えるとする宣伝は信頼できますか?
- 科学的根拠が乏しく、高額な契約を促す危険があると専門家が警告しています。
- 費用や保管料はどのくらいですか?
- 保存費はおよそ1900ポンド、年間の保管料は約95ポンドです。
子どもの乳歯から取り出した幹細胞を保存し、将来の治療に役立てようとするサービスが、イギリスで注目を集めています。
なかには「糖尿病の次の治療法の最前線になる」とまで宣伝している会社もあります。
しかし、医学専門誌BMJが調査したところ、こうした宣伝には誇張や誤解を招く表現が含まれている可能性があることが指摘されました。
とくに自閉症の「治療」に使えるといった説明は、科学的根拠がなく、保護者に誤解を与える恐れがあると強い懸念が示されています。
乳歯の中には「歯髄(しずい)」と呼ばれる柔らかい組織があり、神経や血管、結合組織が含まれています。
この歯髄から幹細胞を取り出すことができるとされています。
幹細胞は将来さまざまな細胞に分化する可能性があり、研究者たちは神経疾患や心臓病などへの応用を模索しています。
しかし、実際に乳歯由来の幹細胞が人の病気治療に使われているかというと、まだ非常に初期の段階にとどまっています。
それにもかかわらず、イギリスの複数の企業は「すでに自閉症や糖尿病の治療に使われている」と宣伝しており、広告規制機関が調査を行うことになりました。
BMJの報告では「とんでもない主張」とまで表現されており、親が誤解して高額なサービスを契約してしまう危険性があるとしています。
実際に歯の幹細胞を保存する費用は、およそ1900ポンド(約40万円)に加え、毎年95ポンド(約1万9千円)の保管料が必要です。
専用キットで抜けた乳歯を回収し、実験室で幹細胞を培養して液体窒素で保存する仕組みです。
こうしたサービスは2000年に歯から幹細胞が初めて分離されて以降、2000年代後半から始まりました。
企業側は「乳歯の幹細胞は若く健康で特に価値がある」と強調しますが、科学者の間では骨髄から得られる幹細胞と比べて本当に同等の価値があるのか、意見が分かれています。
また、ある企業は自閉症や糖尿病の治療に使ったと主張していますが、それは北米の私的なクリニックに提供されたもので、正式に発表された臨床研究ではありません。
専門家の多くは、現時点で乳歯由来の幹細胞が実際の医療に役立つ証拠は乏しいと警告しています。
英ケント大学のジル・シェパードは「企業は科学で裏づけられていない“可能性”を売っているにすぎない」と指摘しました。
また、英キングス・カレッジ・ロンドンのスフィアン・フセインは、糖尿病研究において乳歯の幹細胞が臨床段階に入っている事例はなく、まだ前臨床の段階だと説明しています。
糖尿病支援団体も「もっと研究が必要」とコメントし、商業サービスに安易に関わることを推奨していません。
とくに問題視されているのは「自閉症を治せる」といった宣伝です。
英自閉症協会のティム・ニコルズは
「自閉症は病気ではなく、治療や治すという考え方は誤りです。
高額な処置を宣伝して脆弱な人々を狙うのは危険で不道徳だ」
と強く批判しました。
調査では、保護者が十分な情報を得られないまま高額な契約をしてしまう恐れがあることも指摘されています。
たとえば、保存された幹細胞がどのように検査されているのか、どれくらいの期間有効に保存できるのかといった重要な情報が不十分だというのです。さらに「幹細胞」という言葉が一括りに使われ、あたかも乳歯の幹細胞にも幅広い研究成果があるかのように見せかけられていることも問題視されています。
BMJの調査結果は、イギリスの広告規制当局に提出され、今後審査が行われる予定です。
子どもの健康を思う気持ちは、どの親にとっても自然なものです。
しかし、その気持ちを利用した過度な宣伝には注意が必要です。
科学的に確立されていない治療法に高額なお金を払う前に、冷静に情報を確認することが大切だと、この調査は強く訴えています。
(出典:The National)(画像:たーとるうぃず)
日本でも、歯髄幹細胞保存サービスは、将来の歯髄再生や組織再生、研究利用、美容医療、家族利用を見据えた「将来の可能性のための保存」を主な目的に存在しています。
*「自閉症の治療」目的での宣伝は日本では確認されていません
この英国の例のように、それ自体は素晴らしい先進医療、科学に注目させつつも、使いどころが疑わしい、そしてたいてい高額な怪しいサービスには注意してください。
正しい医療機関からの正しい情報、正しい医療を頼ってください。
(チャーリー)