
この記事が含む Q&A
- 高齢期の自閉スペクトラム障害に関する研究が不足しているのはなぜですか?
- これまでの研究が主に幼少期・青年期に集中しており、中年期・高齢期の研究が非常に少ないためです。診断基準の変遷や女性に対する見落としの背景も影響します。
- 高齢期の自閉スペクトラム障害で挙げられる主要な課題はどこにありますか?
- 中核特徴の変化、健康状態・生物学的加齢・死亡率、人生の大きな出来事、認知機能と認知症、生活の質・社会的支援の5領域です。
- 研究と支援を進める上で重要な点は何ですか?
- 中年期と高齢期を区別して扱い、必ず当事者の声を取り入れて協働的に進めることが重要だと提案されています。
自閉症は子どものころに診断されることが多い状態ですが、実際には一生涯にわたって続いていくものです。
それにもかかわらず、これまでの研究の大半は幼少期や青年期に集中しており、中年期や高齢期の自閉症については驚くほど少ない研究しかありません。
今回紹介するレビューは、イギリス・ロンドンの King’s College London 精神医学・心理学・神経科学研究所(IoPPN)の社会・遺伝・発達精神医学センター による研究チームが執筆したもので、自閉スペクトラムの人たちが年を重ねていく過程を、これまでに得られた知見から整理しようとしたものです。
研究チームは、当事者や家族、支援者などから寄せられた重要な課題を五つの領域に分けて検討しています。
- 自閉症の中核的な特徴の変化
- 健康状態や生物学的な加齢、死亡率
- 更年期や退職、トラウマなどの人生の大きな出来事
- 認知機能や認知症との関連
- 生活の質や社会的支援
まず背景として、自閉症の有病率は世界人口のおよそ1%とされています。
しかし50歳以上になると診断される人の割合は極端に低くなり、イギリスの調査では50代男性で550人に1人、70歳以上の女性では9500人に1人未満しか診断を受けていません。
本来の有病率から考えると、50歳を超える自閉スペクトラムの人の9割以上が診断されずに過ごしている可能性が高いと推測されています。
この未診断の多さは、診断基準の変遷や、女性が見逃されやすい歴史的背景などと結びついています。
中核的な特徴の加齢にともなう変化については、縦断的な研究がまだ非常に限られています。
いくつかの長期追跡では、社会的コミュニケーションの困難さは年齢とともに弱まる傾向がある一方、こだわりや反復行動は比較的安定して持続することが示されています。
ただし、その経過は一様ではなく、知能の高さや家庭環境などによって差があることもわかっています。
横断的な研究からは、感覚の過敏さが加齢とともに強まると報告する人も多く、年を取るにつれて感覚刺激への対応が難しくなると語る当事者の声も紹介されています。
健康の面では、身体・精神の両方に多くの合併症が見られることがわかっています。
アメリカの医療記録を用いた大規模研究では、自閉スペクトラムの成人は心臓病、糖尿病、自己免疫疾患、消化器疾患など、ほとんどすべての領域で有病率が高く、精神疾患も一般人口よりはるかに多いとされています。
とくに不安やうつは顕著で、またパーキンソン病のような神経疾患の兆候も高齢の自閉症者で多く確認されています。
こうした健康上の困難は、生活習慣の影響も大きいと考えられています。
食事や運動、睡眠の問題は、心血管疾患などのリスクを高める要因となっており、改善可能な側面もあります。
人生の大きな出来事も、自閉スペクトラムの人にとっては特有の影響を及ぼします。
退職は生活の構造を失わせ、孤立を深める危険を伴います。
更年期は症状の認識が不足しており、特に公的医療保険を利用している女性の自閉症者では見逃されがちであることが報告されています。
さらに、トラウマや危機的な状況を経験するリスクも高く、それが長期的な心身の健康に影響を残すこともあります。
認知機能については、いまだに結論は出ていません。
一部の研究では、年を取るにつれて記憶や注意といった機能の低下が報告されていますが、他の研究ではむしろ保護的な効果がある可能性も示されています。
認知症との関連については、最近のアメリカの疫学研究で、自閉スペクトラムの人は認知症の有病率が高い可能性があることが明らかになりつつあります。
ただし、この分野の研究はごく初期段階で、今後の検証が欠かせません。
生活の質(QOL)と社会的支援については、全般的に自閉症者は低い水準にあることが繰り返し指摘されています。
孤立感や社会的つながりの不足が大きな課題であり、加齢とともにその影響はさらに強まります。
社会的なつながりの維持が生活の質を左右することは一般人口でも同じですが、自閉症者にとっては支援や理解の不足が重なりやすいのです。
このレビューの結論として、研究者は「中年期(40〜64歳)と高齢期(65歳以上)を区別して扱うべきだ」と強調しています。
これまでの研究は両者をまとめて扱うことが多かったため、年齢ごとの特徴や支援のニーズを見落としてきました。
自閉症研究を高齢化研究の枠組みときちんと結びつけることが、より適切な理解と支援につながると提案しています。
さらに重要なのは、研究や支援を進める際に必ず当事者自身の声を取り入れることです。
自閉スペクトラムの人たちはこれまで、研究の対象とされながらも研究の進め方には十分に関与できませんでした。
今後は当事者と協働しながら、必要な資源やサービスを整えていくことが欠かせないとされています。
まとめると、このレビューが示したのは「自閉症は一生涯にわたるものであり、加齢とともに特有の課題が生じる」という現実です。
診断の遅れや健康問題、生活の転機、認知機能の変化、孤立と生活の質の低下――こうした課題に向き合うためには、これまで軽視されてきた中年期と高齢期を正面から研究し、支援のあり方を再構築する必要があります。
そしてその出発点にあるのは、当事者の声を丁寧にすくい上げることにほかなりません。
(出典:Annual Review of Developmental Psychology DOI: 10.1146/annurev-devpsych-111323-090813)(画像:たーとるうぃず)
一生涯続くものです。
だからこそ、それにあわせた研究の進展をよろしくお願い申し上げます。
(チャーリー)