この記事が含む Q&A
- カモフラージング(マスキング)とは、周囲に合わせるために自分の特性を隠したり調整したりする行動のことですか?
- はい、苦手なことを我慢したり言い直したり、緊張を抑えるための工夫全般を指します。
- 研究は、周囲に合わせる努力が心理的疲労を高め、体内のストレス物質が増える傾向があると示していますか?
- はい、見えない努力が心身のストレスとなって現れる傾向があると報告されています。
- どんな環境が「見えない努力を減らす手助け」になりますか?
- 目を合わせなくても話せる場、音や匂いから逃げられる空間、興味のある話題を自由に追える関係などが有効です。
人は誰でも、少しだけ無理をして周囲に合わせて生きる場面があります。
約束のない日の外出を避けたい日もあるし、疲れているのに笑って返事をする日もあります。
それが一度きりなら気づかないかもしれません。
けれど、それが毎日、毎時間、学校でも職場でも、家族の前でも続いたとしたらどうでしょうか。
とくに自閉症のある人のなかには、まわりのペースや会話、表情の読み取りに大きなエネルギーを使いながら生活している人が少なくありません。
たとえば、人と視線を合わせると頭の中が疲れ切ってしまうときもあります。
けれど、見ないと失礼だと思われるかもしれない。
そんな考えが浮かんで、目の奥に力を入れて視線を向け続ける。
それだけで、誰にも見えないところで体の力を大量に使っています。
今回の研究は、その「見えないがんばり」が心と体にどんな影響を与えるのかを調べたものです。
研究を行ったのは スウェーデンのカロリンスカ研究所(KIND)を中心とした国際チームで、ウプサラ大学、リンシェーピン大学、スペインのサンティアゴ大学も参加しました。
自閉症とADHDの研究で知られる 双子研究プロジェクト(RATSS)を利用し、315人の双子のデータが丁寧に分析されました。
研究チームが注目したのは、「まわりに合わせるために、自分の特性を隠したり調整する行動」です。
論文ではこれを カモフラージング(カモフラージュ、マスキング)と呼びます。
カモフラージングとは、
- 本当は苦手な音を我慢する
- 先に言葉が浮かんでいるのに言い直して伝える
- 興味のある話題に触れたいのに、空気を読んで黙る
- 緊張でまばたきが増えそうなとき、努力して堪える
こうした「場に合わせるための工夫」すべてを含みます。
そして研究が扱ったのは、まさに この努力が心理・身体のストレスにどう影響しているかということでした。

心のストレスだけでなく、体の反応にも目を向けた点がこの研究の大きな特徴です。
研究チームは髪の毛を用いて、ストレスと関係する物質を調べました。
髪には過去数ヶ月の状態が蓄積されるため、長い期間の状態を反映する「しんどさの記録」のように使えるのです。
一見わからなくても、体はぜんぶ覚えている。
この測り方は、とても静かで、とても誠実です。
では、結果はどうだったでしょうか。
研究全体としては、
まわりに合わせる努力が大きいほど心理的な疲労が増えている傾向が確認されました。
そして髪に残ったストレス物質も増加しやすい。
つまり、見た目では分からなくても、体がずっとがんばり続けていた可能性があるのです。
しかし、ここから話はさらに深くなります。
双子同士で比較すると、必ずしも同じ結果にはなりませんでした。
同じ家庭で育ち、似た遺伝子を持つ二人同士では、努力が強いほどストレスが低い場合もあったのです。
一見逆のように思えるこの結果。
研究者たちは慎重に解釈しています。
ストレス物質は、負担にさらされ続けると逆に減ることがあります。
これは、エネルギーを生み出す装置が疲れ果ててしまった状態にも似ています。
数字だけ見れば「低い=楽」とは言えません。
むしろ 出す力が残っていない、燃え切った状態である可能性だってあるのです。

この研究は、単に数値を示しただけではありません。
それは 「見えていない努力がある」という現実を、科学の形で照らし出したのです。
もし子どもが学校から帰り、声をかけてもぼんやりして返事ができないとき。
もし職場で一日中笑顔を保ち、家では口数が少なくなる大人がいたとき。
その背景には、誰にも見えなかった調整の連続と、消耗の積み重ねがあるかもしれません。
「なんで急に疲れてるの?」ではなく、「今日、相当がんばったんだね」と言える大人や仲間がそばにいたら、状況は大きく変わるのではないでしょうか。
研究を進めた国際チームが最後に示したのは、次のような視点です。
工夫して過ごすこと自体は悪くない。
でも、いつもそうしていないと居られない環境は、心と体を削り続ける。
必要なのは「ふるまいを変えなくていい時間」「うまくできなくていい場所」です。
目を合わせなくても会話できる場。
音やにおいから逃げられる空間。
興味のある話題に没頭できても咎められない関係。
それが学校に一つ、職場に一つ、家庭に一つあれば、自分らしさを守りながら生きられる余地が生まれます。

カモフラージングが悪いのではありません。
がんばっていることを「がんばっている」と誰かが知ることが大切なのです。
努力をしなくてもいられる時間は、その人の心と体をゆっくりと回復させてくれます。
そして私たちは、今日から一つの選択ができます。
見えない苦労を疑うのではなく、見えない努力を信じる。
気づいたときには、そっと支える。
言葉にできない疲れを抱える人に、「あなたは無理をしなくていい」と伝える。
この研究が示したのは、科学的な数値だけではありません。
それは、私たち一人ひとりの向き合い方を変えるヒントです。
自閉症のある人が、安心して呼吸できる社会へ。
努力が見える日も、見えない日も、私たちが寄り添える社会へ。
その未来を少しずつ形にしていくために。
今日、あなたが誰かの「休める場所」になれることを願っています。
(出典:Molecular Autism DOI: 10.1186/s13229-025-00695-9)(画像:たーとるうぃず)
平気な顔の裏に、すごい苦労があったりするかもしれません。
そんな認識ももっていただきたいと思います。
自閉症と生きる。バーンアウト、マスキング、そしてオープンネス
(チャーリー)




























