この記事が含む Q&A
- ワーキングメモリは子どもの注意・対人関係・ルール違反の行動とどう関係するのですか?
- ワーキングメモリが高いほどこれらの問題が少ない傾向があり、内向くつらさにも関係することが示されています。
- なぜ診断名より「考えを保ち、整理し、抑える力」の働き方を見ることが重要とされていますか?
- その力の働き方を全体像として見ることが困りごとのつながりを理解する鍵だからです。
- 家庭でできるワーキングメモリ支援の具体例は何ですか?
- 「2つだけ覚えて動く」「途中でルールを1回だけ変える練習」「考えを声に出す練習」などがあります。
小学校高学年にあたる9〜10歳の子どもたちは、心や行動が大きく変化する時期にあります。
不安や落ち込みが目立つ子もいれば、注意が散りやすくなったり、ルールを破る行動が増えたりする子もいます。
こうした困りごとは、これまで「不安障害」「ADHD」など、診断名ごとに分けて考えられることが多くありました。
しかし実際には、子どもたちの心の状態は、もっと連続的で重なり合っています。
この研究では、心の問題を診断名で分けるのではなく、注意、感情、行動といった特性がどのようにつながっているのかを一つの全体像として捉え、その中で実行機能がどんな役割を果たしているのかが詳しく分析されました。
この研究を行ったのは、カナダ・マクマスター大学らによる研究チームです。
分析には、アメリカで進められている大規模調査ABCDスタディ(Adolescent Brain Cognitive Development Study)のデータが使われました。
これは、全米の子どもたちを対象に、認知、行動、感情、家庭環境などを幅広く調べている研究プロジェクトです。

今回の分析対象となったのは、9〜10歳の子ども9,119人。
保護者への質問票と、子ども本人が行った認知課題の結果をもとに、以下の2つが同時に扱われました。
ひとつは、実行機能です。
実行機能とは、考えや行動をまとめあげるための認知の力で、具体的には
- 衝動を抑える力
- 情報を一時的に覚えて使う力
- 考え方を切り替える力
- 処理の速さ
- 出来事の順序を覚える力
などが含まれます。
これらは、米国立衛生研究所が開発した標準化された認知課題を使って測定されました。
ゲームのような形式で行われますが、注意力や記憶の使い方が細かく数値化される仕組みになっています。
もうひとつは、子どもの行動や感情の特徴です。
こちらは、保護者が回答する質問票を使い、不安、落ち込み、注意の問題、対人関係の困難、ルール違反行動、攻撃的な行動などを連続的な尺度として捉えました。
「ある・ない」ではなく、「どの程度か」という形で評価されています。
この研究の大きな特徴は、ネットワーク分析という方法を使っている点です。
これは、実行機能や行動特性を「点」として配置し、それぞれがどの程度つながっているかを線で表す分析です。
どの力が中心に位置しているのか、どこから影響が広がりやすいのかを、全体の構造として見ることができます。

その結果、最も重要な位置にあったのがワーキングメモリでした。
ワーキングメモリとは、頭の中に情報を一時的に置き、それを使いながら考えたり行動したりする力です。
たとえば、先生の説明を聞きながら次の行動を考える、複数の指示を覚えて順番に実行する、といった場面で使われます。
ワーキングメモリの力が高い子どもほど、
- 注意の問題が少ない
- 対人関係の問題が少ない
- ルールを破る行動が少ない
という傾向が見られました。
さらに興味深いのは、不安や落ち込み、身体の不調といった内側に向かう困りごととも、ワーキングメモリが関係していた点です。
ワーキングメモリが高いほど、これらの問題が少ない傾向が確認されました。
これは、「不安があると認知の力が下がる」という単純な話ではありません。
研究では、不安や悩みを抱える子どもが、考えを整理しようとして、むしろワーキングメモリを積極的に使っている可能性が示されています。
つまり、困難さの中で、認知の力が補償的に働いている場合がある、という見方です。

また、衝動を抑える力も重要な位置を占めていました。
この力が弱いと、ルール違反や攻撃的な行動につながりやすく、そこからさらに注意の問題や感情面の困難へと影響が広がる構造が見えてきました。
行動面については、ルール違反や攻撃的な行動といった外に向かう問題が、その後、不安や引きこもり、身体の不調といった内側の問題につながる可能性が高いことも示されました。
行動の困難さが、後から心のつらさを生み出す流れが、全体の構造として確認されたのです。
性別による違いも見られました。
女の子では、対人関係の困難と攻撃的な行動のつながりが強く、男の子では、ルール違反と攻撃的な行動の結びつきがより強い傾向がありました。
これは、困難さの表れ方に性差がある可能性を示しています。
この研究が示しているのは、「どの診断名か」よりも、「考えを保ち、整理し、抑える力がどう働いているか」を見ることの重要性です。
とくにワーキングメモリは、注意、感情、対人関係、行動のすべてに関わる、横断的な中心点のような存在でした。
目に見えにくい認知の力が、子どもの日常の困りごとを静かに支えている。
その構造が、データから丁寧に描き出された研究だといえます。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0338435)(画像:たーとるうぃず)
となると、ワーキングメモリの力を伸ばす支援が重要となります。
お家でもできる練習として、いくつかを。
①「2つだけ覚えて動く」
やり方
「◯◯して、△△して」と2つだけ伝える。
例
・「コップを持ってきて、テーブルに置く」
・「靴をしまって、手を洗う」
ポイント
・必ず2つまで
・できたらすぐ終わり
→ ワーキングメモリの基本中の基本
②「途中で少し変える」
やり方
遊びや会話の途中で、ルールを1回だけ変える。
例
・しりとり →「食べ物だけ」
・色探し →「赤」から「青」
ポイント
・混乱してもOK
・笑って流す
→ 頭の中で情報を保ったまま切り替える練習
③「考えを声に出す」
やり方
「今なにを考えてるか」を声に出す。
例
・「次はこれだよね」
・「忘れないように覚えておこう」
ポイント
・正解はいらない
・大人が先にやる
→ ワーキングメモリを支える一番やさしい補助
(チャーリー)





























