この記事が含む Q&A
- 中高年・高齢期の自閉症特性が自殺リスクに関係する要因は何ですか?
- 自閉症特性は直接の要因ではなく、うつ・不安・PTSD・孤独感・社会的孤立が媒介して自殺念慮・自傷行為に影響します。
- 自殺リスクを下げるためにどんな支援が重要ですか?
- うつや不安への適切な支援、トラウマを前提としたケア、人とつながれる場づくり、年齢に応じた自閉症支援が重要です。
- 本研究にはどんな限界がありますか?
- 一時点の調査で因果関係が断定できないこと、参加者の多様性不足、質問が簡易的な測定である点が挙げられます。
イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン心理学・言語科学部臨床教育健康心理学研究部、エクセター大学医学・健康学部、キングス・カレッジ・ロンドン精神医学・心理学・神経科学研究所などの研究者からなる国際的な研究チームが、中高年・高齢期における自閉症特性と自殺念慮・自殺を意図した自傷行為の関係について、大規模な調査を行いました。
自閉症は、生まれつきの神経発達の特性であり、人生を通じて続くものです。
しかし、これまでの研究の多くは子どもや若者を対象としており、50歳以上の中高年や高齢期の自閉症については、十分なデータがありませんでした。
とくに、自殺念慮や自殺を意図した自傷行為といった深刻な問題については、若年層ではリスクが高いことが知られてきましたが、中高年以降でどのような要因が関係しているのかは、あまり明らかになっていませんでした。
今回の研究は、この点を明らかにすることを目的として行われました。
研究には、イギリス全土で実施されている「PROTECT」という大規模研究に参加している50歳以上の成人9,979人が含まれました。
参加者はオンラインで質問票に回答し、
・自閉症特性の強さ
・現在のうつ症状
・不安症状
・PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状
・孤独感
・社会的孤立(人とのつながりの少なさ)
・これまでに自殺念慮を抱いたことがあるか
・自殺を意図した自傷行為をしたことがあるか
といった点が測定されました。

この研究の特徴は、「自閉症と診断されているかどうか」ではなく、「自閉症特性の強さ」に注目している点です。
中高年以降の自閉症は、診断されていないケースが非常に多いと考えられているためです。
質問票の結果から、全体の約6.7%が「自閉症特性が高いグループ」に分類されました。
まず明らかになったのは、自閉症特性が高い人は、特性が低い人に比べて、
・自殺念慮を経験した割合が高い
・自殺を意図した自傷行為を経験した割合も高い
ということでした。
自閉症特性が高い人のおよそ3割が、「人生に価値がないと感じたことがある」と回答していました。
一方、自閉症特性が低い人では、およそ16%でした。
この結果だけを見ると、「自閉症特性そのものが自殺リスクを高めている」と感じるかもしれません。
しかし研究者たちは、さらに詳しい分析を行いました。
自閉症特性と自殺念慮・自傷行為のあいだに、どのような要因が入り込んでいるのかを統計モデルで検討したのです。
その結果、重要な事実が明らかになりました。
自閉症特性と自殺念慮・自傷行為の関係は、
・うつ症状
・不安症状
・PTSD症状
・孤独感
・社会的孤立
といった要因によって「媒介」されていました。
つまり、
自閉症特性が高い
→ うつや不安、PTSD、孤独感、社会的孤立が起こりやすい
→ その結果として自殺念慮や自傷行為が増える
という構造が示されたのです。
自閉症特性から自殺念慮・自傷行為へ直接つながる経路は、統計的には有意ではありませんでした。
この結果はとても大きな意味をもちます。
自閉症特性そのものが「自殺しやすさ」を生み出しているのではなく、自閉症特性をもつ人が経験しやすい精神的な苦しさや社会的な孤立が、リスクを高めている可能性が高いことを示しているからです。
言い換えれば、自殺リスクは「特性の宿命」ではありません。
環境や支援のあり方によって、変えられる可能性があるということです。

さらに詳しく見ると、自殺念慮については、
・うつ症状
・不安症状
・PTSD症状
・孤独感
・社会的孤立
のすべてが関係していました。
一方で、自殺を意図した自傷行為については、
・うつ症状
・PTSD症状
・社会的孤立
・男性であること
が関係していました。
不安症状や孤独感は、自傷行為とは有意な関連を示しませんでした。
このことから、
「死にたいと考えること」と
「実際に自傷に至ること」
では、関係する要因が少し異なる可能性があることが示唆されます。
うつ症状が重要な要因だったことは、一般の高齢者における研究とも一致します。
高齢期では、うつが自殺の大きなリスク因子であることが知られています。
今回の研究は、それが自閉症特性の高い人にも当てはまることを示しました。

また、PTSD症状が独立した要因として関係していた点も重要です。
PTSDは、過去のつらい体験が心に残り、フラッシュバックや強い緊張状態が続く状態です。
自閉症特性の高い人は、人生の中でいじめ、排除、誤解、差別などを経験することが少なくありません。
そうした体験の積み重ねが、トラウマとして残っている可能性があります。
研究は、PTSD症状が、うつや不安とは別に、自殺念慮や自傷行為と関連していることを示しました。
これは、支援の場で「トラウマへの配慮」が欠かせないことを意味します。
孤独感と社会的孤立についても、重要な違いが見られました。
孤独感は「ひとりだと感じるつらさ」という主観的な感覚です。
社会的孤立は「実際に人とのつながりが少ない状態」という客観的な状況です。
今回の研究では、両方とも自殺念慮と関連していましたが、自傷行為と関連していたのは社会的孤立のみでした。
つまり、「寂しいと感じること」以上に、「頼れる人やつながりがほとんどない状態」が、より深刻なリスクにつながる可能性があります。
性別については、過去の研究とは異なる結果も示されました。
これまでの研究では、自閉症女性のほうが自傷行為が多いと報告されることもありましたが、今回の研究では「男性であること」が媒介要因として示されました。

研究者たちは、調査方法や対象の違いが影響している可能性を指摘しています。
重要なのは、「性別によるリスクの形は一様ではない」という点です。
この研究にはいくつかの限界もあります。
・一時点での調査であり、因果関係を断定できない
・参加者の多くが白人で高学歴であり、多様性が十分でない
・自殺念慮や自傷行為は簡易的な質問で測定されている
といった点です。
それでも、約1万人という大規模なデータを用いて、中高年・高齢期の自閉症特性と自殺リスクの背景構造を示した点は、大きな意義があります。
この研究が伝えている中心的なメッセージは、次のようなものです。

中高年・高齢期の自閉症特性の高い人が直面しているのは、「特性そのものの問題」ではなく、「精神的な苦しさ」と「社会的な孤立」である。
だからこそ、
・うつや不安への適切な支援
・トラウマを前提としたケア
・人とつながれる場づくり
・年齢に応じた自閉症支援
があれば、自殺リスクは下げられる可能性があります。
この研究は、こう伝えているようにも感じられます。
生きづらさは、あなたのせいではない。
支援が足りなかっただけかもしれない。
自閉症特性のある人が、年齢を重ねても安心して生きられる社会。
その実現に向けた、大切な一歩となる研究です。
(出典:nature mental health DOI: 10.1038/s44220-025-00579-0)(画像:たーとるうぃず)
【電話やチャットで気軽に相談できる窓口があります。悩みや不安を感じたら】
厚生労働省 相談先一覧ページ
「トラウマを前提としたケア」
広く認識されることを願います。
(チャーリー)





























