
この記事が含む Q&A
- リズム・ワーカーズを用いた研究で、ADHDの子どもの注意力と実行機能は改善されましたか?
- はい、音のビートに合わせて動く力と実行機能の成績が向上し、遊ぶ時間が長いほど上達する傾向が見られました。
- 研究のデザインはどのようなものでしたか?
- 2週間、1日30分・週5日・計300分を、リズム・ワーカーズとリズムに合わせる必要のないパズルゲームの2グループで比較しました。
- なぜ音楽のリズム訓練が効果的と考えられるのですか?
- 聴覚と運動の統合を強化し、次に起こることを予測する脳回路を鍛えることで、注意・衝動制御などの実行機能が改善される可能性があると説明されています。
ADHDのある子どもたちにとって、「集中する」「待つ」「衝動をおさえる」といった行動は、日々の中で難しさを感じる部分です。
薬や療育などの支援が行われてきましたが、もし音楽やゲームの中で遊ぶことが、その力を育てる手がかりになるとしたら——。
カナダのモントリオール大学とブレイン・ミュージック・サウンド国際研究所(BRAMS)の研究チームは、音楽のリズムに合わせて指でタップして遊ぶゲームが、ADHDの子どもたちの注意や実行機能を改善する可能性を持つことを示しました。
この研究で使われたゲームは、「リズム・ワーカーズ(Rhythm Workers)」というタブレット端末上のリズムゲームです。
プレイヤーは音楽に合わせて指で画面をタップし、そのリズムの正確さで建物を作っていくというシンプルな仕組みになっています。
タップが音のビートとぴったり合うほど得点が高くなり、画面の中の建物が速く完成します。
テンポを感じ取って体の動きを合わせるこの行為は、脳の「聴く」「動かす」「予測する」という複数の領域を協調させるトレーニングになります。
研究チームは、このゲームがADHDの子どもにとって効果的かどうかを確かめるため、カナダ各地から7歳から13歳までの27人の子どもを集め、2週間にわたるトレーニングを行いました。
子どもたちはランダムに2つのグループに分けられました。
ひとつのグループは「リズム・ワーカーズ」で遊び、もうひとつのグループは音楽が流れてはいるものの、リズムに合わせる必要のないパズルゲーム「フローズン・バブル(Frozen Bubble)」をプレイしました。
どちらも1日30分、週5日、合計で300分間のプレイです。
どちらのゲームも同じように楽しまれ、プレイ時間や継続率もほぼ同じでした。
しかし、リズム・ワーカーズで遊んだ子どもたちの方にだけ、音のビートに正確に合わせて動く力が明確に向上していました。
この「リズム感」の改善度は、どれだけ長く遊んだかと比例しており、プレイ時間が長いほど上達していたのです。
さらに、実行機能(エグゼクティブ・ファンクション)と呼ばれる脳の働きにも変化が見られました。
実行機能とは、「注意を切り替える」「誤りを修正する」「衝動をおさえる」といった、日常生活をコントロールするための認知的な力のことです。
リズム・ワーカーズで遊んだ子どもたちでは、これらの力を測る課題の成績が向上していましたが、パズルゲームをした子どもではそうした改善は見られませんでした。
研究チームは、音楽のリズムに合わせて体を動かす行為が、脳の中で「聴覚」と「運動」の領域をつなぐネットワークを強化すると考えています。
この「聴覚−運動の統合」は、人が周囲のリズムや時間の流れを予測しながら動く力の基盤です。
リズムに合わせて体を動かすことで、脳の中では「次に何が起こるか」を予測するタイミングの回路が鍛えられます。
この回路は、言語、注意、社会的反応などにも関わっており、ADHDの子どもたちが苦手とする領域と深く関係していると考えられています。
リズム・ワーカーズはもともとパーキンソン病のリハビリのために開発されたゲームで、指の動きと音のビートを同期させる練習を通じて、運動と認知の機能を高めることを目的としていました。
今回の研究では、子ども向けに改良を加えました。
グラフィックはカラフルで親しみやすく、音楽はクラシックやポップ、ファンク、ジャズなどのジャンルからテンポの異なる32曲が選ばれました。
レベルが上がるごとにリズムが複雑になり、敵キャラクター(ディストラクター)が登場して、ビートに合わせて倒す要素も加えられています。ゲームの楽しさを保ちながら、集中力と時間感覚を自然に使うように設計されています。
研究は自宅で完全にオンラインで行われました。
研究チームはカナダ全域の家庭にタブレットとヘッドフォンを郵送し、Zoomを使ってテストと説明を行いました。
リズム感を調べるために使われたのは、「BAASTA(バースタ)」という特別な検査です。正式には「聴覚運動・タイミング能力評価バッテリー」と呼ばれ、人がどのくらい正確にリズムを感じ取り、体の動きを合わせられるかを測るものです。
この検査では、まず音楽やメトロノームのような一定のテンポの音が流れます。そのときに「音の拍(ビート)を正しく感じ取れるか」をたずねたり、実際に「指で音のリズムに合わせてトントンと叩けるか」を確かめたりします。たとえば、バッハやロッシーニといったクラシック音楽の一部を使って、「音のリズムと一緒に叩けるか」「ズレているか」を分析します。
この結果から、子どもがどれくらい音の流れを予測して動けるのか、そして聴覚(聞く力)と運動(動かす力)をどのくらいうまく協調させられるのかがわかります。
また、注意や行動のコントロールを調べるために、心理学の分野でよく使われる3つのテストも行われました。
ひとつは「フランカー課題」と呼ばれるもので、画面に魚の絵が並んで出てきます。真ん中の魚の向きをできるだけ早く答えるのですが、周りの魚が反対方向を向いているとまぎらわしくなり、注意を集中させる力や「惑わされない力」が試されます。
次に「セットスイッチング課題」は、ルールを切り替える練習のようなテストです。たとえば、赤い矢印が出たときは「どこにあるか」で答え、青い矢印が出たときは「どちらを向いているか」で答えるというように、場面ごとにルールを変えながら反応します。この課題では、「状況が変わってもすばやく考え方を切り替えられるか」を見ています。
最後の「ゴー・ノーゴー課題」は、「押す」「がまんする」を切り替えるテストです。画面に青い丸が出たときだけボタンを押し、オレンジの丸が出たときは押さないようにします。どちらが出るかはランダムなので、衝動的に押してしまわず、しっかり判断する力が必要になります。
この3つの課題は、それぞれ「注意を向ける」「状況を切り替える」「衝動をおさえる」といった、ADHDの子どもが苦手としやすい実行機能の部分を丁寧に測るものでした。
つまり、研究では「音に合わせて動く力」と「行動をコントロールする力」の両方を、科学的に確認できるように工夫されていたのです。
どの子どもも、タブレット上でのトレーニングを続けることができました。
リズム・ワーカーズを遊んだ子どもたちは「楽しかった」「難しかったけどおもしろい」と感じており、ゲームの満足度は高いものでした。
ゲームの記録からも、彼らが指を正確に音に合わせようとする過程がログとして残されており、繰り返すうちに精度が上がっていくことがわかりました。
ADHDの子どもたちの中には、時間の感覚がずれやすかったり、リズムをうまく取ることが苦手な人がいます。
この研究の結果は、そうしたタイミングの困難が、実行機能や注意の問題と深く結びついている可能性を示しています。
つまり、「リズムを整えること」が「行動を整えること」にもつながるかもしれないのです。
研究者たちは、音楽に合わせて体を動かすときに働く「ドーパミン系」にも注目しています。
音楽やゲームが楽しいと感じるとき、脳の報酬系が刺激され、ドーパミンが放出されます。
ADHDではこのドーパミン系の働きが不安定であることが知られており、楽しい活動を通じて自然に脳の働きを調整することができれば、薬物以外の支援方法としても価値が高いと考えられています。
リズム・ワーカーズの開発は、単なる「音楽ゲーム」ではなく、神経科学的な理論に基づいた訓練です。
プレイヤーはリズムを予測しながら指を動かし、音と動作をぴったり合わせるように挑戦します。
この過程で、脳は「次の音をいつ鳴らすか」を先取りするようになり、時間感覚や注意の維持、動作の制御といった能力が自然に使われます。
つまり、リズム・ワーカーズは、ADHDの子どもたちにとって「遊びながらトレーニングするツール」として設計されたのです。
研究チームは、「ゲームという形で支援を受け入れやすくすることも重要だ」と述べています。
ADHDの子どもは、ルールや課題を繰り返すことに退屈しやすい傾向がありますが、ゲームであれば自然と続けることができます。
「楽しい」という感情がトレーニングを支え、その中でリズムの予測、集中、自己制御の力が少しずつ鍛えられていくのです。
この研究は小規模で、まだ臨床的に確立された治療法とは言えません。
しかし、2週間という短期間でもリズム感と実行機能の改善が見られたことは、非常に有望な結果といえます。
研究者たちは今後、より大きな規模のランダム化比較試験を計画しており、リズムトレーニングがどの程度、注意の持続や行動制御の改善に寄与するのかをさらに詳しく調べる予定です。
音楽のリズムは、誰にとっても身近なものです。
人は自然とビートに合わせて体を動かし、音の流れの中で次を予測しながら楽しみます。
その「自然な力」が、ADHDの支援にも役立つかもしれない——。
この研究は、音楽がもつ力を科学的に検証する試みとして、今後のリハビリテーションや教育の新しい方向を示しています。
(出典:medRXiv DOI: 10.1101/2024.03.19.24304539)(画像:たーとるうぃず)
楽しみながら、練習になって、効果ができる。
まさに、ゲームがもつ素晴らしさが発揮された使い方ですね。
(チャーリー)