この記事が含む Q&A
- 自閉症の若者の安静時HRVには全体として大きな差はなく、個人差が大きいという点と、日常のストレス反応と結びつく可能性がある点は何ですか?
- 安静時のHRVには大きな群間差はなく個人差が大きい一方、日常のストレス場面での感情反応との関連が見られることが示されました。
- 心拍変動とメンタルヘルスの関係で、研究で最も重要な発見は何ですか?
- 日常のストレスに対するネガティブ感情の反応の強さがHRVと内在化症状を媒介して結びつく点が示されました。
- 研究から得られた自閉症のある若者への支援の示唆は何ですか?
- 環境調整と感情調整の支援、ストレスを減らす工夫が心の健康を守るうえで重要だと提案されています。
自閉症のある若者は、日常生活の中でストレスを感じやすいとよく言われます。
学校や仕事、対人関係、環境の変化など、さまざまな場面で心や体に負担がかかりやすく、その結果として不安や抑うつなどのメンタルヘルスの問題を抱えることも少なくありません。
しかし、こうした困難が「体のどのような仕組み」と結びついているのかについては、まだ十分にわかっていない部分が多く残されています。
スイス・ジュネーブ大学の臨床心理学ユニット(知的・発達障害研究部門)による今回の研究は、自閉症のある思春期から若年成人の若者を対象に、「体のストレス反応」「日常の感情の揺れ動き」「メンタルヘルスの困難さ」がどのように関係しているのかを、丁寧に調べたものです。
研究者たちが注目したのは、「心拍変動(ハートレート・バリアビリティ、HRV)」と呼ばれる指標です。
心拍変動とは、心臓が打つ間隔のわずかな揺らぎのことを指します。
一見すると心臓は規則正しく動いているように感じられますが、実際には拍と拍の間隔は常に少しずつ変化しています。
この変化の大きさは、自律神経の働きを反映しており、環境の変化やストレスに体がどれだけ柔軟に対応できているかを示す目安とされています。

過去の研究では、慢性的なストレスにさらされると心拍変動が低下しやすくなり、感情の調整がうまくいかなくなったり、メンタルヘルスの問題が起こりやすくなったりする可能性が指摘されてきました。
ただし、自閉症のある人については、心拍変動が一貫して低いという結果もあれば、そうではないという報告もあり、結論は定まっていませんでした。
今回の研究では、自閉症のある若者27人と、自閉症のない若者24人が参加しました。
年齢はおおむね思春期後期から20代前半で、知的障害のない、言語によるコミュニケーションが可能な参加者に限定されています。
研究は一度きりの測定だけでなく、日常生活の中での感情の変化を細かく捉える方法を組み合わせて行われました。
まず、研究室で安静に座った状態で心拍変動が測定されました。
参加者は椅子に座り、落ち着いた映像を見ながら一定時間過ごし、その間の心臓の動きが記録されました。
これにより、「何もしていないときの体の基本的なストレス調整の状態」が評価されました。
次に、スマートフォンを使った日常調査が行われました。
これは、1日に何度も通知が届き、その時点での気分やストレスの強さを答える方法です。
この調査によって、「感情がどれくらい激しく揺れ動くか(感情の不安定さ)」や、「ストレスを感じたときにどれだけネガティブな感情が強くなるか(ストレスへの感情反応)」が詳しく分析されました。
さらに、不安や抑うつ、外在化症状、対人不安といったメンタルヘルスの状態についても、本人や保護者による質問票を用いて評価されました。

分析の結果、まず明らかになったのは、「安静時の心拍変動そのものには、自閉症の有無による明確な差はなかった」という点です。
自閉症のある若者全体として、心拍変動が低いわけではありませんでした。
ただし、自閉症のある参加者の中では、個人差が非常に大きいことが確認されました。
つまり、「自閉症だから心拍変動が低い」と一括りにできるものではなく、人によって体の状態は大きく異なっていたのです。
次に、心拍変動とメンタルヘルス症状との直接的な関係を調べたところ、統計的に厳密な基準を用いると、はっきりとした関連は見られませんでした。
心拍変動が低いからといって、必ずしも不安や抑うつの症状が強いとは言えなかったのです。
しかし、ここで研究は終わりませんでした。
研究者たちは、「日常の感情の動き」に目を向けました。
すると、心拍変動とメンタルヘルスをつなぐ重要な手がかりが浮かび上がってきました。
とくに注目されたのは、「日常のストレスに対する感情の反応の強さ」です。
活動がうまくいかない、やらなければならないことが負担に感じられる、といった日常的なストレス場面で、ネガティブな感情がどれだけ強く高まるかが分析されました。
その結果、心拍変動が低い人ほど、こうした活動に関するストレスに対して、ネガティブな感情が強く反応しやすい傾向が見られました。
さらに重要なのは、この「ストレスへの感情反応」が、心拍変動と内在化症状(不安や抑うつなど)との関係を媒介していた点です。
つまり、心拍変動が低いこと自体が直接メンタルヘルスの問題を引き起こすのではなく、「日常のストレスに強く反応してしまう感情のあり方」を通じて、内在化症状と結びついていたのです。

この結果は、自閉症の有無にかかわらず、若者全体に当てはまる傾向として示されました。
ただし、詳しく見ると、自閉症のある若者ではとくに「活動に関するストレス」に対する感情反応と心拍変動の結びつきが強く見られました。
一方で、自閉症のない若者では、感情の不安定さと心拍変動との関係が目立つなど、影響の現れ方には違いがありました。
また、自閉症のある若者は、出来事に関するストレスに対して、より強くネガティブな感情が高まりやすい傾向も示されました。
日常の中で起こる出来事が、より大きな心理的負担として感じられやすい可能性が示唆されたのです。
研究者たちは、こうした結果から、「環境との相性」が重要な役割を果たしている可能性を指摘しています。
自閉症の特性によって、感覚刺激や予定の変化、活動内容が負担になりやすい場合、環境そのものが強いストレス源になり、感情の反応が大きくなってしまうことが考えられます。

この研究は、自閉症のある若者のメンタルヘルスを考えるうえで、「体の反応」「日常の感情の動き」「環境との関係」を切り離さずに捉えることの重要性を示しています。
心拍変動という生理的な指標は、単独で問題を説明するものではありませんが、日常生活の中でどのように感情が揺れ動き、どのような場面でストレスが強くなるのかを理解するための手がかりを与えてくれます。
研究者たちは、今後の支援や介入についても示唆を述べています。
感情の調整を助ける支援や、ストレスへの反応を和らげる工夫、そして何よりも、環境側を調整して不要なストレスを減らすことが重要だと考えられます。
自閉症のある若者が過ごしやすい環境を整えることは、心の健康を守るうえで欠かせない要素だと、この研究は静かに伝えています。
今回の研究は、すべての自閉症のある人に当てはまる結論を示すものではありません。
対象は知的障害のない若者に限られており、個人差も大きいことが確認されています。
それでも、「自閉症のある若者のメンタルヘルスは、体と心、そして日常環境の相互作用の中で理解されるべきである」という重要な視点を、データに基づいて示した研究だと言えるでしょう。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-025-34614-y)(画像:たーとるうぃず)
かかえている困難。
適切な支援につながることを願います。
(チャーリー)





























