
この記事が含む Q&A
- 自閉症に関する代表的な誤説の歴史と現状を簡潔に説明すると、冷蔵庫の母親説やワクチン説、パラセタモール説などが広まりつつも、科学的根拠の不足から是正されてきましたが現在も完全には消えていませんか?
- 自閉症の誤説は母親の態度や薬の使用と結びつけられてきましたが、いずれも確固たる根拠がなく拡散され続けたのが現状です。
- ワクチンと自閉症の因果関係の主張について、現在の科学的見解はどうなっていますか?
- 科学的検証で因果関係は否定されており、主要機関も「関連性はあるが因果は確立されていない」としています。
- 妊娠中のアセトアミノフェン使用と自閉症の関係は現時点でどう判断されていますか?
- 相関が取り沙汰されていますが因果関係は確立されておらず、薬の使用を全面的に否定するものではありません。
自閉症についての理解は、これまでの長い歴史の中でさまざまな仮説や説明が繰り返されてきました。
その中には、科学的な根拠がないにもかかわらず広く広まったものや、当事者や家族を苦しめる結果となったものも少なくありません。
こうした誤った説や神話の存在は、自閉症の理解を妨げただけでなく、偏見や罪悪感を生み、社会的な支援のあり方にも影響を及ぼしてきました。
冷蔵庫の母親説から始まり、ワクチンやパラセタモールといった薬の使用まで、異なる時代に異なる形で現れる自閉症の神話はなぜこれほど根強いのかを考えることは、今なお重要な課題です。
20世紀の半ば、アメリカやヨーロッパの一部で広まったのが「冷蔵庫の母親」という考え方でした。
これは、母親が子どもに対して冷たく、愛情を示さないために自閉症が起こるという仮説です。
当時の精神分析的な理論の影響を受け、子どもの発達を母親の心理的態度に結びつけて説明しようとする傾向が強くありました。
しかし、実際には自閉症は母親の態度によって生じるものではなく、こうした考えは科学的な根拠を欠いたものでした。
それでもこの仮説は広く信じられ、多くの母親が理不尽な罪悪感を背負うことになりました。
この「母親に責任を帰す」という発想は、その後の誤った原因論にも影響を与え続けていきました。
時代が進むと、ワクチンが自閉症の原因であるとする説が注目を集めました。
とくにMMRワクチン、つまり麻疹・おたふく風邪・風疹の混合ワクチンとの関連が主張されました。
しかし、この説は後に科学的な検証に耐えられないことが明らかになり、研究も撤回されました。
それでも「もしワクチンが原因なら予防できたはずだ」という感覚は、多くの人の心を強くとらえました。
その結果、ワクチンと自閉症の関係を示す証拠が否定された後も、この神話は完全には消えずに残り、いまも不安や疑念を持つ人がいるのが現実です。
情報がインターネットやSNSで急速に広まる時代にあって、このような誤った説は以前よりもさらに根強く拡散される傾向があります。
近年では、妊娠中に使われるパラセタモール、つまりアセトアミノフェンと自閉症との関連が話題になっています。
一部の研究では相関関係を示す結果が出ており、妊娠中にこの薬を使うことが子どもの発達に影響する可能性が指摘されています。
この仮説は注目を集めやすく、メディアでも取り上げられています。
しかし、現時点で科学的に確立された因果関係があるわけではありません。
相関と因果は異なるものであり、使用そのものが直接自閉症を引き起こすと断定することはできないのです。
さらに、妊娠中に発熱や強い痛みを放置することは胎児にとって別のリスクとなるため、薬を一切使わないという選択が必ずしも安全であるとも言えません。
こうした複雑さにもかかわらず、「特定の薬が自閉症の原因になる」という単純化された語りは、人々の不安を強く刺激します。
では、なぜこのような誤説は繰り返し現れ、消えることなく残り続けるのでしょうか。
その背景にはいくつかの理由があります。
第一に、人は原因を知りたいという強い欲求を持っていることです。
複雑で見えにくい自閉症という特性を前にして、「何が原因なのか」「どうすれば防げるのか」と考えるのは自然な心理です。
そのため、分かりやすい説明や単純な仮説に惹かれやすくなります。
第二に、母親に責任を帰すという文化的な土壌が長く存在してきたことです。
育児や妊娠中の行動を理由に自閉症を説明しようとする語りは、母親に罪悪感を負わせる構造を繰り返し再生産してきました。
第三に、メディアやSNSの拡散力です。
センセーショナルな主張や恐怖をあおる情報は拡散されやすく、科学的な検証や慎重な議論よりも注目を集める傾向にあります。
第四に、専門的な知識の理解に必要なリテラシーの格差です。
相関と因果の違いや研究の質の差は、専門外の人には分かりにくく、誤った解釈を信じてしまいやすいのです。
このような誤説に翻弄されないためには、いくつかの姿勢が必要です。
まず、不確実性を認めることです。科学は常に進展の途中にあり、はっきりと分からないことも多いのです。
その曖昧さを受け止めることは大切です。
次に、原因を問いすぎないことです。
たとえ部分的に原因が分かったとしても、自閉症を「治すべきもの」としてだけ扱うのではなく、社会全体でどう支えていくかに目を向ける必要があります。
そして、当事者や家族の声を尊重することです。誤説に基づいた語りではなく、実際に生きている人たちの経験に耳を傾けることこそが、理解を深め、支援を広げる第一歩になります。
冷蔵庫の母親説に象徴されるように、自閉症にまつわる誤った神話は、母親や家族に不必要な負担を与えてきました。
ワクチン論やパラセタモール論といった新しい形で現れる神話も、本質的には同じ構造を持っています。
それは「不安や恐怖に応える単純な説明」として魅力を持ち、人々の心に残り続けるのです。
しかし、自閉症を本当に理解するためには、単純化された原因論を超え、科学的に検証された知見を大切にしながら、社会としてどう包摂し支えていくかを考える必要があります。
誤説の歴史を振り返ることは、未来の支援のあり方をよりよいものにしていくための大切な作業なのです。
(出典:THE CONVERSATION DOI: 10.64628/AB.wxtw3h5gd)(画像:たーとるうぃず)
「タイレノール」などの商品名で世界的に広く使われている有効成分「アセトアミノフェン(パラセタモールとも呼ばれます)」と自閉症との関連が、米トランプ政権の発言により話題となっています。
しかし、WHOや米国産科婦人科学会などの科学的・医学的見地では、妊娠中のアセトアミノフェン(パラセタモール)使用と自閉症との間に、明確で結論的な証拠はないとされています。
(チャーリー)