この記事が含む Q&A
- ADHDと睡眠の関係はどのようなものですか?
- ADHDのある子どもでは睡眠の乱れが日常生活や思春期のADHD症状と密接に関連し、睡眠の質が日中の注意・感情・行動に影響を与えると指摘されています。
- ADHDの睡眠障害としてどんな問題があり、どんな影響が見られますか?
- 眠りが遅い・眠りが浅い・夜間覚醒・朝の困難などがあり、深い眠りの不足や夜間覚醒が日中の疲労・集中困難・イライラにつながることが多く報告されています。
- 眠りを改善するにはどんな対策が有効ですか?
- 医療者と相談のうえ薬やメラトニンの活用を検討しつつ、寝る前の光や刺激の制限、就寝・起床のリズム維持など生活習慣の工夫を継続することが推奨されています。
夜になると、子どもの体は疲れているはずなのに、心だけがどこか遠くを走りつづけているように感じることがあります。
部屋の明かりを落としても、布団の中で手足を動かし、寝返りを打ち、少しの物音にも敏感に反応する。
親がそっと布団をかけ直しても、まぶたは閉じられているのに、眠りにつけていないことが分かる。
そんな夜が続くと、翌朝のつらさは客観的なものではなく、親子が一緒に背負うものになります。
眠れなかった日の朝の表情は決まって重く、身体が前へ進もうとしているのに、気持ちがついてこないような曇りがあります。
学校へ送り出すまでの短い時間でさえ、涙が出たり怒りが爆発したりしやすくなり、どこに負担の根っこがあるのか、親であっても分からなくなることがあります。
ADHDと睡眠の問題がここまで密接に絡み合っているとは、多くの家庭では気づきにくいかもしれません。
ただ、今回アメリカの研究者たちがまとめたレビュー論文を読むと、「眠れなさ」は単なる生活の乱れでも、親の努力不足でも、子どもの我慢の問題でもなく、もっと深いところにある脳と身体の仕組みから生まれていることが見えてきます。
研究をまとめたのは、クリスチャナケア行動健康部門、ケンブリッジ・ヘルス・アライアンス精神科、そしてペンシルベニア州立大学医学部精神・行動健康部門の研究チームで、彼らは多数の研究を丁寧に振り返り、子どもから思春期へと移り変わる時期のADHDと睡眠の問題がどのように関連しているかを、医学的に整然と示しています。

このレビューの最初の大きな発見は、ADHDのある子どもたちの多くが、日常の中で何らかの睡眠の問題を抱えているという現実でした。
寝つきが遅い、眠りが浅い、夜中に何度も目を覚ます、朝が極端に苦手、日中の強い眠気、休日になると昼まで寝てしまうなど、睡眠の乱れにはいくつもの形があります。
研究で報告されている割合は決して少なくなく、子ども期で25〜55%、思春期では75%に達することもあります。
つまり、ADHDの症状を理解するとき、「睡眠は背景」ではなく「中心」に近い位置にあるのです。
注意が散りやすい、落ち着かない、気分が揺れ動きやすいといった特徴の裏側には、しばしば睡眠の質やリズムの問題が潜んでいます。
興味深いのは、これらの睡眠の問題が突然始まるわけではないという点です。
レビューでは、幼児期からすでに睡眠の乱れが生じている子どもが多いことが示されていました。
2〜3歳の頃に夜泣きや入眠の困難、途中覚醒が続いている子どもは、その後の学齢期に入っても情緒の不安定さや行動の難しさが見られる傾向があるとされています。
また、幼児期の睡眠の質が思春期にまで影響し、15歳の時点でADHDに似た特徴に関連する場合も示されていました。
このような研究結果を見ると、「眠れない」という現象は単なる一時的な生活習慣の問題ではなく、その子がもつ生まれつきの気質や脳の働き方と関連していることが理解できます。
とくに敏感な子どもや、刺激に反応しやすい子どもでは、夜間の睡眠が整いにくいことがあり、これは本人のせいではありません。

さらに、睡眠が乱れていると、翌日の行動にさまざまな影響があらわれることも多くの研究で確認されています。
深い眠りが十分に取れていないと、朝の時点ですでに疲労が蓄積しており、注意力の低下、イライラ、感情の衝動性、作業への取りかかりにくさなどが強まります。
これはADHDの特徴と重なって見えるため、「眠れていないことが症状を悪化させているのか、それとも症状によって眠れなくなっているのか」分からなくなることがあります。
しかし、研究チームはこの質問に対して、どちらか一方が原因ではなく、両方が互いに影響し合う関係にあると説明しています。
眠れない夜は翌日を不安定にし、不安定な昼は夜の眠りを妨げる。
この悪循環を断ち切るためには、「昼と夜を分けて考えない」という視点が必要になります。
また、親から見ると一見眠れているように見えても、実は質の良い睡眠が取れていないこともめずらしくありません。
睡眠を専門的に測定する研究では、ADHDのある子どもでは深い睡眠が短い、夜間の覚醒が多い、レム睡眠が短いといった特徴がしばしば見られています。
本人は覚えていなくても、脳と身体は休息を十分に得られず、翌日には集中力が落ちたり、疲れが抜けなかったりする形で影響が表れます。
こうした状態が続くと、生活の中で「どうしてこの子は集中できないのだろう」「どうして落ち着けないのだろう」と、行動の表面だけを見てしまいがちですが、実際には夜の睡眠がその土台を揺らしている可能性が大きいのです。
睡眠の問題の背景には、いくつかの具体的な睡眠障害が隠れている場合もあります。
むずむず脚症候群(RLS)はその一つで、足がむずむずして眠れない、寝ている間に足が勝手に動いてしまうといった症状が特徴です。
一般の子どもでは比較的まれですが、ADHDのある子どもでは高い割合で見られることが複数の研究で示されています。
同様に、睡眠時無呼吸も見逃せない問題で、いびきや呼吸の乱れ、呼吸の一時停止などが起こると、睡眠が中断され、深い眠りが十分に取れなくなります。
こうした症状が改善されると、日中の行動に落ち着きが見られる場合もあり、ADHDの行動特徴を理解する際には、睡眠の質を考慮することが欠かせません。

睡眠が乱れやすい理由には、ADHD特有の脳の仕組みも関係しています。
眠りにつくタイミングを調整するメラトニンの分泌が遅れるなど、「夜型化」しやすい生理的特徴が指摘されています。
さらに、朝の目覚めを助けるコルチゾールの分泌が遅いこともあり、朝起きることが自然と苦手になります。
体内時計を調整する遺伝的なメカニズムにも違いがある可能性が報告されており、これらは決して本人の努力では変えられない部分です。
生活のリズムを保つことは大切ですが、生まれつきの身体の動き方を理解せずに「早く寝なさい」「もっと朝頑張りなさい」と言うだけでは、親子ともに疲れてしまいます。
思春期に入ると、この“夜型化”はさらに強まります。
思春期はもともと体内時計が遅くなる時期ですが、ADHDのある若者ではその傾向がより顕著に現れます。
夜になっても頭が冴えてしまい、気づけば深夜になっている。翌朝はどうしても起きられず、学校に遅刻しがちになる。
日中の眠気が強く、授業に集中できない。
こうした生活の乱れは、学業や友人関係、自尊心にも影響を与え、本人の負担を大きくします。
親にとっても、子どもが成長するにつれて生活に口を出しにくくなるため、睡眠の問題がより複雑になりがちな時期でもあります。
治療における薬の役割についても、このレビューは丁寧にまとめています。
ADHDの治療薬である中枢刺激薬(メチルフェニデートなど)は、使用を開始した初期に一時的に寝つきが悪くなることがあると報告されています。
ただし、多くの研究では、薬によって日中の行動が安定することで、結果的に夜の寝つきが改善する例も見られます。
薬の効果が切れる時間帯が不適切だと夜に気持ちが高ぶることがあるため、調整が必要であると研究チームは述べていました。
非刺激薬(アトモキセチンやクロニジンなど)については、睡眠に良い影響を与えるものもありますが、深い睡眠の割合に影響することもあるため、どの薬がその子に合うかを慎重に見ながら進めることが重要です。
メラトニンについても、寝つきを改善する効果があることが研究で示されていました。
睡眠の質を整える一助にはなり得るものの、使えばすべてが解決するわけではなく、医療者と相談しながら使うこと、また生活習慣の工夫と組み合わせることが大切であるとされています。
生活習慣に関する研究でも、睡眠を整えるために特別な方法を使う必要はないものの、日常のちょっとした積み重ねが大きな違いを生むことが示されています。寝る前の明るい光を避ける、刺激の強い活動を控える、就寝と起床の時刻を大幅にずらさない、寝室を落ち着ける空間にするなど、どれも家庭で取り入れられる工夫です。
ただし、ADHDのある子どもにとって“毎日同じ”は時として難しく、疲れるものです。
完璧を目指すのではなく、その子が少しでも眠りやすい条件を探す姿勢が大切です。

このレビューが最も強調していたのは、ADHDを理解するうえで「睡眠を中心に置く」という視点でした。
日中の行動の裏には夜の睡眠があり、夜の睡眠の裏には日中の感情や経験があります。
昼と夜は途切れているように見えて、実際には一本の線でつながっています。眠れない夜の理由を解きほぐしていくと、子どもの特性やその日の出来事、体内時計の働きなど、いくつもの要素が見えてきます。夜のそわそわは、子どもがうまく言葉にできなかった「助けて」のサインかもしれないのです。
親としては、眠れない姿を見ると「どうして寝られないのだろう」「もっと頑張ってほしい」と感じてしまうことがありますが、今回のレビューを踏まえると、その考え方を少し変えるきっかけになるかもしれません。
眠れないという現象は、その子の脳や身体が教えてくれる“特性”であり、そこに責めるべき点は何ひとつありません。
むしろ、眠れない夜が続いているときは、日中の不安や刺激の多さ、体内時計とのずれ、他の睡眠障害など、さまざまな要因が背後にあることを知ることが、親子の安心につながります。
このレビュー論文を読み終えたときに残るのは、「睡眠を理解することが、その子の生活全体を理解する鍵になる」というメッセージでした。
夜の静けさの中で眠れずにいる子どもは、決してわがままでも怠けているわけでもありません。
眠れない理由には、科学が説明できる背景があります。
そして、その背景を知ることで、親が抱えていた罪悪感や焦りが少しずつ軽くなるはずです。
睡眠のことを知ることは、その子の一日すべてを知ることにつながり、結果として、本人がもっと自分らしく過ごせる未来をつくるための大切な一歩になります。
(出典:World Journal of Clinical Pediatrics DOI: 10.5409/wjcp.v14.i4.110612)(画像:たーとるうぃず)
うちの子は自閉症ですが、小さな頃は本当になかなか眠りませんでした。
親の私もきつい日が多くありました。
ですが、メラトニンや薬を飲むようになってからは、とてもよく眠るようになり、私もよく眠れるようになって、大きく助けられました。
うちの子の日中の活動も良くなり、笑顔で過ごす時間も多くなりました。
薬はあまり使いたくない。
そんなふうに私も思っていましたが、医師に相談の上、無理せず使うことをオススメします。
(チャーリー)




























