この記事が含む Q&A
- ハイパースキャニングとは何ですか?
- 複数の人の脳波を同時に計測し、同期やズレを調べる手法で、社会的やりとりの脳の同調を捉える方法です。
- 研究で使われたデータと手法は何ですか?
- 脳波データを用い、セルフスーパーバイズド・ラーニングで特徴を学習させ、定型発達同士と自閉症のある人を含むペアのやりとりを判別しました。
- この研究の意義は何ですか?
- 自閉症を「個人の脳の問題」ではなく「人と人の関係性の中で生まれる現象」として捉える視点を示し、補助的な手段として支援につなげる方向性を示しています。
人と人が向き合って話をするとき、私たちの脳の中では、目に見えない「同調」が起きています。
相手の動きに合わせてうなずく、言葉のテンポが自然にそろう、次に何が来るかを予測しながら反応する。
こうした日常的なやりとりは、無意識のうちに脳同士が影響し合うことで成り立っています。
しかし、この「合わせる」という感覚がうまく噛み合わないとき、人は強い生きづらさを感じます。
自閉症のある人が経験する社会的な難しさも、まさにこの部分と深く関係していると考えられてきました。
自閉症の診断は、これまで主に行動観察や面接を通して行われてきました。
幼児期であれば、言葉の発達や対人行動の特徴から比較的早く気づかれることもありますが、大人になると状況は大きく変わります。
子ども向けに作られた評価方法がそのまま使われていること、長年の経験によって周囲に合わせる工夫を身につけている人が多いことなどが、診断を難しくしています。
その結果、支援につながるまでに長い時間がかかったり、そもそも見逃されてしまったりするケースも少なくありません。

こうした課題を背景に、研究者たちは「行動」だけでなく、「脳の働き」そのものに注目してきました。
これまでの研究では、自閉症のある人の脳に、皮質の厚さや脳領域同士のつながり方、活動の左右差といった特徴があることが示されています。
とくに言語や社会性と関係の深い領域において、定型発達とは異なるパターンが報告されてきました。
ただし、これらの多くは、一人で安静にしている状態、いわゆるレスト状態の脳活動を調べた研究でした。
人と人が実際に関わっている最中の脳の動きは、これまで十分に捉えられていなかったのです。
そこで登場するのが、ハイパースキャニングと呼ばれる研究手法です。
これは、複数の人の脳活動を同時に計測し、その同期やズレを調べる方法です。
人が誰かと協力したり、相手の動きをまねしたり、会話をしたりするとき、脳波や脳活動のリズムが時間的にそろう現象が観察されます。
こうした「脳と脳の同調」は、社会的なやりとりの基盤の一つだと考えられています。
もしこの同調がうまく起きないとしたら、それは社会的な行き違いや誤解につながる可能性があります。
今回紹介する研究は、このハイパースキャニング脳波データを用いて、自閉症の社会的やりとりを新しい視点から捉えようとしたものです。
この研究は、カナダ・モントリオールにあるCHUサント=ジュスティーヌ研究センター(モントリオール大学精神医学部)と、人工知能研究で国際的に知られるミラ研究所(Mila:ケベック人工知能研究所)の研究チームによって行われました。
精神医学と人工知能という異なる分野の知見を組み合わせ、自閉症を「一人の特性」ではなく「二人の関係性の中で生まれる現象」として捉え直そうとしています。

研究で使われたのは、脳波です。
脳波は、頭皮に電極を装着して脳の電気的活動を記録するもので、時間的な変化を非常に細かく捉えられるという強みがあります。
一方で、ノイズが多く、人による個人差も大きいため、解析が難しいという課題もあります。
とくに、二人分の脳波を同時に扱うハイパースキャニングでは、情報量が膨大になり、従来の統計的手法では限界がありました。
そこで研究チームが導入したのが、セルフスーパーバイズド・ラーニングと呼ばれる機械学習の方法です。
この方法の特徴は、あらかじめ人が正解ラベルを大量に付けなくても、データそのものから意味のある特徴を学習できる点にあります。
脳波データのように、ラベル付けが専門的で時間もかかるデータにとって、非常に相性のよい手法です。
研究ではまず、単独の人の脳波データを大量に使って、脳活動の時間的な流れやパターンを学習させました。
この段階では、「この脳波が自閉症かどうか」といった情報は一切使われていません。
脳波の時間順が正しいか、それとも入れ替わっているかといった課題を通して、脳活動の構造そのものを学ばせています。
次に、その学習済みモデルを使って、二人分の脳波を同時に扱うモデルを構築しました。
対象となったのは、定型発達同士のペアと、定型発達と自閉症のある人が組み合わさったペアです。
二人が同じ課題に取り組んでいる最中の脳波を入力し、そのやりとりがどちらのタイプのペアに近いかを判別することを目指しました。
その結果、セルフスーパーバイズド・ラーニングを用いたモデルは、従来の方法と比べて明確に高い性能を示しました。
とくに注目されるのは、自閉症のある人が含まれるやりとりを見逃さずに捉える力が非常に高かった点です。
これは、支援や理解の観点から見ると重要な特徴です。
誰かを誤って「問題ない」と判断してしまうよりも、「困りごとがあるかもしれない」と気づける方が、その後の支援につながりやすいからです。

一方で、定型発達同士のやりとりを正確に見分ける点では、まだ課題も残されています。
これは、自閉症と不安障害など、他の特性との重なりが脳活動レベルでも存在する可能性を示唆しています。
研究者たちも、この方法がすぐに診断を置き換えるものではなく、あくまで補助的な手段であることを強調しています。
それでも、この研究が示した意義は大きいと言えます。
自閉症を「個人の脳の問題」として見るのではなく、「人と人の間で起きる脳のズレ」として捉える視点を、具体的なデータで示したからです。
社会的な困難は、本人の努力不足や性格の問題ではなく、相互作用の中で生じるものかもしれない。
その考え方は、自閉症のある人に対する理解のあり方を、静かに変えていく可能性があります。
二人の脳がどのように噛み合い、どこでズレるのか。
そのズレを責めるのではなく、知ることから始める。
今回の研究は、そうした姿勢が、科学の最前線でも確実に進んでいることを示しています。
(出典:Neuroinformatics DOI: 10.1007/s12021-025-09755-0)
たしかに、人と人とのやりとりにおける困難を研究するには、やりとりをしている最中の双方を調べるほうが良いのは間違いありません。
テクノロジーの進化によってそれが可能となったということですね。
(チャーリー)





























