この記事が含む Q&A
- SELとは何か?
- SELは社会性と情動の学びを指し、自己認識・感情の制御・他者理解・良い人間関係・責任ある判断を育てる枠組みで、ADHDの子どもの実行機能支援にもつながる基盤とされます。
- 教師の現場での課題は何ですか?
- 教師はSELの専門研修不足や時間不足、学力重視のカリキュラムとの両立といった壁があると述べ、制度的な支援が必要とされます。
- ADHDの子どもにはどんな支援が必要ですか?
- 自分を理解する力・感情を調整する力・相手の気持ちを理解する力などSELの5つの力を育て、個別ニーズに応じた支援と学校全体の体制整備が重要です。
ADHDの子どもに、いちばん足りないのは「勉強」でしょうか。
授業中にじっとしていられない。
思いついたことをすぐ口にしてしまう。
友だちとのトラブルが増えてしまう。
やるべきことがわかっていても、うまく行動に移せない。
こうした姿を見ると、つい「もっと集中させなければ」「学力をつけなければ」と考えてしまいます。
しかし今回、サウジアラビアのキングサウード大学の研究チームが発表した研究は、少し違う角度からこの問題を見つめています。
それは「SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)」、つまり社会性と感情の学びが、ADHDの子どもにとってどれほど重要か、そして、それを教える先生たちは実際どう感じているのか、という問いです。
■ SELとは何か
SELとは、子どもたちが
・自分の感情に気づくこと
・感情をコントロールすること
・他者の気持ちを理解すること
・良い人間関係を築くこと
・責任ある判断をすること
といった力を育てる教育の枠組みです。

もともとは1994年にアメリカで提唱されました。今では世界的に広がり、学力向上や問題行動の減少にも効果があるとされ、多くの研究で支持されています。
今回の論文でも、SELは単なる「優しさ教育」ではなく、学業成績の向上や行動問題の減少にもつながる重要な基盤であると整理されています。
では、なぜADHDの子どもにとって、これが特に重要なのでしょうか。
■ ADHDと「実行機能」の課題
論文では、ADHDの子どもが抱えやすい中心的な困難として、「実行機能」の弱さが挙げられています。
実行機能とは、
・衝動を抑える
・注意を維持する
・計画を立てる
・行動をコントロールする
といった、日常生活を支える力のことです。
ADHDの子どもは、知的能力の問題ではなく、この「コントロールの仕組み」の部分でつまずきやすいと説明されています。
SELの5つの力は、まさにこの実行機能の課題と重なります。
自分の感情に気づくこと。
怒りや不安を調整すること。
相手の立場を考えること。
行動の結果を想像すること。
これらはすべて、ADHDの子どもが学校生活で困りやすい部分と直結しています。
つまりSELは、ADHDの子どもにとって「付け足しの教育」ではなく、土台そのものだということです。

■ しかし、現場はどう感じているのか
この研究では、サウジアラビアの小学校教師144人にアンケートを行いました。
参加者の約8割は一般学級の教師で、半数以上が15年以上の経験を持つベテランでした。
しかし、驚くべきことに、83%の教師はSELに関する正式な研修を受けたことがありませんでした。
それでも約8割は「SELの研修を受けたい」と答えています。
つまり、多くの教師が「大事だと思っているが、学ぶ機会がない」という状態だったのです。
■ 教師はSELをどう評価しているか
アンケート結果では、教師たちはSELに対して非常に肯定的でした。
全体平均は5点満点中4点以上。
特に評価が高かったのは、
「SELはADHDの子どもの社会的スキルを伸ばす」
という項目でした。
教師たちは、SELがコミュニケーション能力や感情理解を高めると強く信じていました。
しかし、ひとつだけ相対的に低い項目がありました。
それは、
「自分は教室でSELを教えられる」
という自信です。
価値は認めている。
しかし、自分にできるかどうかは不安。
ここに、大きなギャップが見えてきます。
■ 実際の実践はどうか
教師たちは、実際にもSELを取り入れていました。
最も多かった実践は、
・子どもに良い人間関係の築き方を教える
・話し方や協力の仕方を教える
といった内容です。
一方で、最も少なかったのは、
・ADHDの子どもの個別ニーズを評価して、特別なSEL支援を行う
という項目でした。
つまり、一般的な関わりはしている。
しかし、個別対応までは難しい。
その背景には、専門的な訓練不足や時間の制約があると考えられます。

■ 教師が感じている壁
教師が最も強く感じていた課題は、
「SELに関する専門研修の不足」
でした。
その他にも、
・知識不足
・仕事量の多さ
・学力重視のカリキュラム
・時間不足
・学校の制度的サポート不足
などが挙げられました。
特に印象的なのは、「SELは大事だが、テスト対策が優先される」という声です。
教室には時間の限界があります。
そして制度は、学力を最優先に設計されています。
その中で、SELは「重要だが後回し」にされやすい存在なのです。
■ 性別による違い
この研究では、女性教師のほうが男性教師よりもSELに対して肯定的で、実践も多いという結果が出ました。
一方で、経験年数や学歴、一般教師か特別支援教師かといった要素では差は見られませんでした。
つまり、専門資格よりも、個人の姿勢や価値観が大きく関わっている可能性が示唆されます。
■ 見えてきたパラドックス
この研究の結論は、とても象徴的です。
教師は、SELの価値を強く認めている。
しかし、実践するための制度と支援が足りない。
「やりたいのに、できない」
それが現場の本音でした。
SELは理想ではなく、必要な教育です。
しかしそれを支える構造が整っていなければ、理念のまま終わってしまいます。

■ ADHDの子どもにとって何が必要か
ADHDの子どもは、「わがまま」でも「努力不足」でもありません。
実行機能という目に見えない仕組みの違いによって、行動や感情の調整が難しくなっているのです。
SELは、その部分を支える教育です。
自分を理解すること。
感情を調整する方法を学ぶこと。
失敗から立て直す力を育てること。
それは学力以前の、人生の土台です。
しかし、その土台づくりを教師に任せるだけでは不十分です。
制度的な時間配分。
専門的な研修。
学校全体での支援体制。
家庭との連携。
これらがそろって、初めてSELは本当の力を発揮します。
■ 最後に
この研究は、サウジアラビアの小学校を対象にしています。
しかし示している問題は、決してその国だけの話ではありません。
ADHDの子どもに必要なのは、「もっと勉強させること」ではなく、「自分を扱う力を育てること」なのかもしれません。
そしてそのためには、教師が孤軍奮闘するのではなく、学校全体、制度全体で支える仕組みが必要です。
SELは理想論ではありません。
それは、ADHDの子どもが「できない子」ではなく、「支え方が必要な子」として理解されるための、具体的な方法なのです。
そして今、教師たちはすでにその重要性を理解しています。
あとは、それを本当に実行できる環境を整えられるかどうか。
そこに、次の課題があるのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1694782)(画像:たーとるうぃず)
「自分を扱う力を育てること」
この捉え方は、広く知られてほしいと思います。
ADHDの子どもが前向きに学校と関われる条件。三つの視点から
(チャーリー)




























