
この記事が含む Q&A
- 音楽は妊娠中から生後の時期にも影響を与える可能性があるの?
- 妊娠中から生後数週間にかけて音楽を聴かせることで、社会性の関心や脳の発達に影響が示唆されています。
- どの時期と聴く長さが特に重要なの?
- 胎児期後半から生後3〜5週までの時期に、1日1時間半程度の長さで聴かせると影響が強く見られたと報告されています。
- 発達障害の支援にどう結びつくの?
- 音楽介入が社会的な関わりを育む手掛かりになる可能性があり、支援の一つとしての期待が示されています。
お母さんのおなかの中にいるときから、赤ちゃんは音を感じています。
外の世界の音やお母さんの声、そして音楽。これらの刺激が、赤ちゃんの脳の発達に何らかの影響を与えていることは、これまでの研究でも示されてきました。
けれども、「なぜ音楽が社会性や感情に良い影響を与えるのか」、そのしくみまでは、まだはっきりとはわかっていません。
中国・民族大学と中国科学院などの共同研究チームは、この「音楽の力」を科学的に調べました。
お母さんのおなかにいるマウスと、生まれたばかりのマウスに音楽を聞かせることで、その後の社会的な行動や脳の発達がどう変わるのかを調べたのです。
研究チームは、マウスが妊娠13日目(人間でいうと胎児期の中ごろ)から、生まれた後の1週目・3週目・5週目まで、1日1時間半ずつ、ピアノやバイオリン、フルートなどの高音の音楽を流しました。
曲は明るいリズムのものや穏やかなメロディーなど25曲が使われ、音の高さやテンポが変化するよう工夫されていました。
成長したマウスがどのように他のマウスと関わるかを調べたところ、音楽を聞いて育ったマウスは、他のマウスに対してより興味を示し、積極的に関わろうとすることがわかりました。
とくに、生まれてから3~5週間まで長く音楽を聞いていたマウスでは、その傾向が強く見られました。
つまり、「早い時期から、少し長めに音楽を聞く」ことが、社会的な関心や交流を育てる可能性があるというのです。
興味深いことに、運動の活発さや不安の程度には違いが見られませんでした。
つまり、「よく動くようになった」から社交的になったのではなく、社会的な関心そのものが高まっていたのです。
研究者たちは次に、マウスの脳の中で何が起きていたのかを詳しく調べました。
注目したのは「前頭前野(ぜんとうぜんや)」と「扁桃体(へんとうたい)」という部分です。
前頭前野は人間でも「考える」「気持ちを整える」「人との関わりを判断する」といった働きを担い、扁桃体は「感情」や「怖い」「うれしい」などの反応に関係します。どちらも社会性と深くかかわる場所です。
音楽を聞いたマウスでは、この2つの場所で多くの遺伝子の働きが変わっていました。
とくに、「神経どうしが情報をやり取りする仕組み(シナプス)」や「気分ややる気をつくる物質(ドーパミン)」に関係する遺伝子が活発になっていたのです。
さらに、神経細胞を細かく観察すると、「枝分かれ」が多く、「つながりの数」も増えていました。
これは「神経の柔軟性(神経可塑性)」と呼ばれる現象で、脳が新しい情報を学びやすくなったり、人との関わりに反応しやすくなったりする基盤と考えられています。
また、「成熟した神経細胞のしるし」となるたんぱく質(MAP2)が増えていました。
一方で、「炎症」に関係する細胞の活動(アストロサイトやミクログリアと呼ばれる細胞)は少なくなっていました。
これは、音楽が脳の中の炎症をおさえ、穏やかで安定した環境をつくっていた可能性を示しています。
つまり、音楽は脳の中で「神経をつなげる」「感情を調整する」「炎症をしずめる」という3つの方向から、社会的な行動を育てていたのです。
この研究はマウスでの実験ですが、人間の発達にも通じるヒントを与えてくれます。
たとえば、妊娠中にお母さんが穏やかな音楽を聴くことや、生まれたばかりの赤ちゃんにやさしい音を聞かせることが、安心感や心の発達を支える可能性があります。
実際、早産の赤ちゃんに心拍のリズムやお母さんの声を含んだ音楽を聞かせると、体重の増加や睡眠の安定につながるという報告もあります。
今回の研究の面白い点は、「音楽を聴く時期」と「聴く長さ」がとても重要だということです。
おなかの中から生後数週間という早い時期は、脳が一番変化しやすい「敏感期」と呼ばれる時期です。
このときに受けた刺激が、後の感情や人づきあいのあり方に長く影響するのです。
音楽の影響は一時的なものではなく、脳の構造そのものを少しずつ形づくるようです。
音楽が流れている時間は短くても、毎日のように繰り返されることで、神経の枝が伸びたり、新しいつながりができたりします。
それが、将来の「人と関わる力」につながるのかもしれません。
研究チームは、音楽によって生まれた変化が、自閉症などの発達障害の支援にも役立つ可能性があると述べています。
社会的な関わりが苦手な子どもたちに対して、「音楽を使った早期の支援(音楽介入)」が、安心して他者とつながる力を育てる手がかりになるかもしれません。
音楽は薬のように脳の働きを変えるだけでなく、「感じる」「共有する」「楽しむ」という人の自然な行動を通して、心の成長を助けるものです。
もし家庭でできることがあるとすれば、それは「特別な音楽教育」ではなく、「心地よく音を感じる時間」をつくることかもしれません。
赤ちゃんを抱っこしながら歌うこと、穏やかなリズムを流すこと、親自身が音に耳を傾けること。
そうした小さな音の経験が、子どもの脳と心をやさしく育てていくのです。
(出典:Translational Psychiatry DOI: 10.1038/s41398-025-03645-4)(画像:たーとるうぃず)
おなかの中にいる頃から良い影響を与える。
音楽の力は本当にすごいですね。
(チャーリー)