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知的障害のある人に扉をひらく。大学でのインクルーシブ教育

time 2025/11/11

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

知的障害のある人に扉をひらく。大学でのインクルーシブ教育

この記事が含む Q&A

知的障害のある学生が大学で学ぶことを実現するには、どのような取り組みが行われているのですか?
合理的配慮、共同学習モジュール、就労体験、個別学習プロファイルの組み合わせで学習環境が整えられています。
CSCと共に学ぶ授業の特徴は何ですか?
「ソーシャル・シチズンシップ修了証(CSC)」という2年間の課程と、ピア・バディーの支援を伴う共に学ぶ授業構成が特徴です。
研究結果と今後の課題は何ですか?
一般学生の肯定的な評価と知的障害のある学生の前向きな声が示され、制度整備と資源投入・完全共学へ向けた進展が課題とされています。

大学で学ぶ機会は、すべての人に開かれていていいはずです。
けれど、知的障害のある人たちは、長いあいだその扉の外に立たされてきました。

今回、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・コーク(UCC)が行った研究は、「知的障害のある人にも開かれた大学とは何か」を、国際条約にもとづいて考えたものです。
研究の中心にあるのは、国連の「障害者権利条約(UNCRPD)」です。
この条約の第24条は、「すべての人があらゆる段階で、インクルーシブ教育(包摂的教育)を受ける権利がある」と明記しています。

この「インクルーシブ教育」とは、単に特別支援や別のクラスを用意するということではありません。
国連の委員会は、「文化・方針・実践のすべてを変革すること」と説明しています。
つまり、教育のしくみそのものを、最初からすべての人に合うように設計し直すということです。

条約を批准した185か国のうち、多くの国で義務教育までは議論が進みましたが、高等教育、つまり大学や専門学校での包摂はまだ始まったばかりです。
知的障害のある人たちはとくに「教育から排除される危険の高い集団」とされており、国連も各国に注意を呼びかけています。
スイスでは、職業訓練や大学教育へのアクセスの難しさが問題とされました。

大学でのインクルーシブ教育を実現するために、条約は「合理的配慮(Reasonable Accommodation)」を求めています。
これは、「一人ひとりが平等に学べるよう、必要な変更や支援を行う義務」のことです。
たとえば、授業資料をやさしい文にする、出願方法を柔軟にする、講義室や試験方法を調整するなどが含まれます。

実際に、メキシコでは知的障害のある女性が美術大学への入学を拒否され、国連の委員会に訴えました。
委員会は、「大学は申込時点からすでに配慮を備えておく義務がある」と判断しました。
つまり、本人が障害を申し出なくても、すべての人が安心して応募できる制度にしておくことが必要だとされたのです。

インクルーシブ教育は、すぐにすべてを変えられるものではありません。
そのため条約では「漸進的実現」という考え方も認めています。
つまり、各国は限られた資源のなかでも、できるかぎり計画的に教育制度を変えていく義務があるのです。

では、実際に大学でそれをどう実現するのか。
UCCでは「id + futures」というプロジェクトを通じて、知的障害のある学生のための新しい学びのモデルをつくりました。
以前のプログラムでは、学生は別クラスで学ぶ「分離型」でした。
しかし、UNCRPDの理念にもとづき、大学はその形を見直しました。

新しいモデルでは、「ソーシャル・シチズンシップ修了証(CSC)」という2年間の課程が設けられています。
学生は週3日、大学に通います。

授業は三つの形から成り立っています。
ひとつは、知的障害のある学生どうしで学ぶ基礎モジュール。
もうひとつは、一般の学生といっしょに受ける「コ・ラーニング(共同学習)」モジュール。
そして、大学外での「就労体験」です。

共同学習の授業は、心理学・法律・地理・音楽・栄養学など多彩で、学生は自分の興味に合わせて選ぶことができます。
そこでは、同じ授業を受ける一般の学生が「ピア・バディー」として学習や生活をサポートします。
大学生活のなかで自然に友人関係を築けるようにする仕組みです。

授業を担当する教員もまた、特別な研修を受けています。
資料を「やさしく読める文」に直す方法、ユニバーサルデザインの考え方、
評価の多様化などを学び、全員が参加できる授業づくりを進めています。

このプログラムでは、個々の学生の得意や苦手、支援が必要な場面を明確にする「個別学習プロファイル」を作成します。
それをもとに、どのような支援があると学びやすいかを本人と共に考えます。
これが、条約のいう「全人格的アプローチ」にあたります。

UCCの研究チームは、2022〜2024年度にかけて、このプログラムに参加した学生の声を調査しました。知的障害のある学生13名への面接と、一般学生95名へのアンケートです。

結果はきわめて前向きなものでした。
一般学生の92%が「知的障害のある学生と学ぶことは良い経験だった」と回答しました。
7割以上が「授業内容がわかりやすくなった」と感じ、6割以上が「自分の学びの質が上がった」と答えました。
ある学生は「彼らが率直に発言することで、授業全体が明るくなった」と話しています。

知的障害のある学生もまた、「同じ授業で学ぶことで互いに理解が深まる」「自分の考えを伝える場ができた」と語っています。
「健康と福祉の授業では、他の学生と意見を交換するのが楽しかった」「自分たちの経験を話すと、『そんな考え方もあるのか』と驚かれた」といった声もありました。

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支援体制についても高く評価されました。
学習支援スタッフやピア・バディーが、課題やパソコン作業を手伝うことで安心して学べたといいます。
「最初は課題が不安だったけれど、ピア・バディーが助けてくれてできるようになった」と語る学生もいました。

このように、インクルーシブ教育は知的障害のある学生だけでなく、すべての学生にとって学びを深める効果があることが明らかになりました。

しかし、課題もあります。
多くの学生が特別支援学校などの分離された環境から来るため、大学で完全に一緒に学ぶには時間が必要です。
また、大学の側も、建物・教材・評価などの制度を整える準備が求められます。

研究者たちは、「混合型(ハイブリッド)モデル」は理想の最終形ではないが、完全な共学に向かう重要な段階だと述べています。
今の段階では、分離ではなく「共に学ぶ時間を増やす」ことが現実的な一歩であり、その中で大学が経験を積み、体制を整えていくことができるのです。

国連の委員会は、今後さらに各国の報告のなかで、大学レベルの教育における具体的な実施状況を明確に示すことを求めています。
どのモデルが真に条約に沿うのか、どのように改善していくのかを、国際的に共有することが次の課題です。

アイルランドでは、2024年に政府が全国10大学へ3年間で約9億円の支援を決定しました。
これは、知的障害のある学生の高等教育への道を広げるための大きな政策的転換です。

UCCの取り組みは、教育を「特別な支援」ではなく「人権としての学び」として再定義する試みです。
学生一人ひとりが、自分の力で学び、社会とつながること。
それが「包摂」という言葉の本当の意味だと、この研究は伝えています。

「すべての人に学ぶ権利がある」と世界が合意してから、すでに20年近くが経ちました。
けれど、大学の門をくぐることができない人たちはまだ多くいます。
インクルーシブ教育は、その扉を少しずつ押し広げていく道のりです。

UCCの学生たちは、その道の途中で出会い、共に学びながら、互いのちがいを「学びの力」に変えていきました。
授業のなかで交わされたひとつひとつの対話が、社会の変化の小さな種になっていく。
この研究は、その希望を静かに示しています。

(出典:Higher Education DOI: 10.1007/s10734-025-01536-7)(画像:たーとるうぃず)

「授業内容がわかりやすくなった」

「彼らが率直に発言することで、授業全体が明るくなった」

たしかに、そうしたメリットは想像できます。

「ソーシャル・シチズンシップ修了証(CSC)という2年間の課程が設けられています。」

いろいろなタイプの入学・卒業のかたちがあり、それぞれに違うことを認め、違う能力を発揮でき、お互いを尊重しし、成長を促進できる場となるなら、これまで以上にすばらしい「大学」になるように思います。

カナダの大学に学ぶ自閉症の学生を支える包括的サポートの姿

(チャーリー)

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