この記事が含む Q&A
- 医学生のADHDの有病率はどのくらいですか?
- 医学生の有病率は調査方法や国によって大きく変動しますが、一般成人の3%前後を上回る傾向が多く報告されています。
- なぜ数字に差が生じるのですか?
- 自己申告か正式診断か、ASRSなどのスクリーニングや診断方法の違い、文化的要因や学習環境のストレスなどが影響します。
- 医学校はどんな支援体制を整えるべきですか?
- スクリー二ング導入・専門家による評価・心理的サポート・学習環境の調整など、段階的で負担の少ない支援と全体的な学び・生活・心のバランスを重視する体制が望まれます。
医療の世界で働くことを目指す学生たちは、高い知識量、複雑な判断、長時間の学習、臨床実習での緊張など、さまざまな負荷の中に身を置いています。
そのような環境にいる医学生には、周囲が気づきにくい困りごとが潜んでいることがあります。
そのひとつが、注意欠如・多動症(ADHD)に関連する特性です。
子どもの頃から知られているこの特性は、大人になっても続くことがあり、日常生活のさまざまな場面で影響をもたらします。
しかし医学生におけるADHDについては、これまで国や学校を超えて大きく調べられたことがありませんでした。
今回、シンガポールのMOHホールディングスとナショナル・アディクション・マネジメント・サービスの研究チームが、医学生を対象としたADHDの有病率に関する研究を世界中から集めて整理しました。
499件の文献から条件に合うものを厳密に選んだ結果、最終的に17か国・29件の研究が分析に含まれました。
合計で24,578人もの医学生が調査されており、これまでにない規模のまとめとなっています。

分析でまず明らかになったのは、医学生のADHDに関する数字が非常に大きくばらついていたことです。
もっとも低い値は自己申告による1.7%、もっとも高い値は世界保健機関(WHO)が作った「ASRS」というスクリーニング質問による38.9%でした。
なかには同じ国で行われた研究にもかかわらず、手法が違うだけで5%と33%以上というように大きく開きが出ているものもありました。
これは、調べ方によって数字が大きく変わるという現実を示しています。
研究チームは、各国の文化、医学生にとってのハードル、支援制度の違いなどが数字に影響した可能性もあると述べています。
たとえば診断には医師の正式な評価が必要な国では、自己申告だけでは数字が低く出る傾向があります。
一方、簡易的なチェックシートだけを使うと、本来は一時的な集中困難やストレス反応を示している学生まで“ADHDの可能性あり”と数えられてしまい、数字が高く出ることもあります。
つまり、「低く出る理由」も「高く出る理由」もそれぞれ存在しているのです。

それでも全体を通して見えるのは、医学生には一定数の割合で、ADHDに関連する特性を抱えながら学んでいる人が存在するという事実です。
一般の大人のADHD有病率は世界平均でおよそ3%前後とされていますが、医学生の多くの調査ではこれを上回る数値が出ています。
医学生の生活が認知的にも精神的にも負荷が高いことを考えると、このような違いが生じるのは不思議ではありません。
集中する時間の長さ、情報量の多さ、夜間の実習、緊張の強い場面など、ADHDの特性を持つ人にとってはとくに大きな負担となる状況が多くあります。
調査に含まれた学生の年齢は18〜27歳ほどで、男女比は研究によって異なりましたが、女性の比率が高い国もありました。
近年は多くの国で医療系の学生の女性比率が上昇しており、この傾向は医学生全体の構造を反映しているといえます。
ADHDは子ども時代に男児が多いとされてきましたが、大人になると性別の差は小さくなることが知られており、今回の研究でも男女どちらかに偏って特性が強く現れるような傾向は見られませんでした。
今回のシステマティックレビューでは、使われていた調査方法の違いも詳しく整理されています。
もっとも多く使われていたのは世界保健機関(WHO)が作成した「ASRS」という質問票で、6つの質問に4つ以上当てはまるとスクリーニング陽性とされます。
医学生の研究29件のうち13件がこのASRSの短縮版を使用していました。
さらに、ASRSの長い版、WURSという別の質問票、自己申告のみ、そして一部の研究では精神科医などによる正式な面接(SCIDやKSADS)が使われていました。
興味深いことに、正式な面接を用いた研究では、質問紙を使った研究よりも数字が低く出る傾向がありました。
これは、スクリーニングの段階では「可能性あり」とされた学生の中に、ストレスや睡眠不足の影響など、ADHDとは限らない背景で集中力が落ちている学生が含まれやすいことを示しています。
国別にみると、自己申告方式を採用していたアジアやアフリカの研究では、比較的低い値が出ることが多く、この背景には文化的な理由や診断を公表することへの抵抗感がある可能性も指摘されています。
一方、中東や南米の一部の研究では、ASRSの閾値が高く設定されているにもかかわらず30%を超える数字が出ているものもあり、学習環境そのもののストレスが数字を押し上げた可能性も考えられています。
ADHDの特性を持つ学生にとって、暗記量の多さや評価試験の連続、過密なスケジュールなどが影響しているかもしれません。

研究者たちが強調するのは、「数字の大きさよりも、その背景にある学生の困難に目を向けるべきだ」という点です。
多くの医学生は、自分の集中力やミスの多さがADHDの可能性によるものだとは考えず、「努力不足」「自分の能力の問題」と受け止めてしまうことがあります。
そのため診断にたどり着かず、特性に合った支援を得られないまま学業を続けるケースも少なくありません。
ある研究では、ADHDの学生が周囲から誤解されたり、理解されずに孤立したりする経験が語られていました。
診断を打ち明けた学生の中には、適切な調整や支援が得られず、学習だけでなく人間関係にも困難を抱えた例があると報告されています。
医療現場は協働が欠かせない場所であり、そのような環境で孤立や誤解が起こることは、学生本人にとっても将来の職業生活にとっても大きな影響があります。
今回のレビューでは、医学生を包括的にサポートするためには“段階的な支援の仕組み”が必要だと述べられています。
最初に広く学生の学習状況や心身の状態を把握し、次の段階でADHDなど特定の条件に関する細かな評価を行う方法です。
これにより、一部の学生だけが取り残されることを防ぎ、必要な支援につながる可能性が高まります。
ADHDは薬物療法と非薬物的なアプローチの両方で改善が期待できるため、早期の気づきによって学業成績や実習でのストレスを軽減でき、燃え尽きや不登校を防ぐ効果もあります。
また、医学生時代の困難が適切に支えられることで、将来の医療現場での安全性やパフォーマンスにも良い影響があると考えられます。

研究者たちは、医学生の支援はADHDだけに限るべきではないとも述べています。
うつ病、不安、睡眠の問題、学習障害など、医学生に影響するさまざまな要因と抱き合わせで考えることが大切です。
ADHDの症状だけを切り離して支援するのではなく、学生全体の「学び」「生活」「心」のバランスを整える全体的な視点が求められています。
今回の論文の結論として、研究チームは次のようにまとめています。
医学生のADHDに関する数字は国や調査方法によって大きく違って見えるが、どの結果を見ても、困難を抱えながら学び続けている学生が確実に存在する。
だからこそ、医学校には、スクリーニングの導入、専門家による評価、心理的サポート、学習環境の調整など、段階的で負担の少ない支援体制を整えることが求められる。
診断の有無にかかわらず、集中力や整理が苦手だったり、努力しても追いつかないと感じていたりする学生が助けを求めやすい環境づくりが重要である。
医療という仕事は、人の命に関わる重大な判断が求められます。
だからこそ、その仕事に進む学生が安心して学べる環境を整えることは、学生本人の人生にとってだけでなく、未来の患者にとっても意味があります。
今回のレビューは、医学生におけるADHDの理解と支援を進めるための大きな一歩といえるでしょう。
(出典:Frontiers in Psychiatry DOI: 10.3389/fpsyt.2025.1684727)(画像:たーとるうぃず)
医学生に限らず、自分がかかえる困難について、自分の性格のせいと考えてしまう人は多く存在しそうです。
自分の特性について正しく把握することが助けになるかもしれません。
本当の自閉症スペクトラム障害の医師はテレビドラマとは違います
(チャーリー)




























