この記事が含む Q&A
- どのようにして自閉症の発達を「脳のミニチュア」で再現したのですか?
- hiPS細胞からヒト皮質オルガノイドを作り、25日・50日・75日・100日の発達時点で遺伝子発現を解析しました。
- 研究で「収束」とは具体的にどういう意味ですか?
- 初期段階には遺伝子変異ごとに異なる変化が見られるが、発達が進むにつれて共通の遺伝子ネットワークが活性化・抑制されるパターンが近づくことを指します。
- この知見は将来どう役立つ可能性がありますか?
- 発達初期の支援や、共通の分子経路を標的とする治療研究につながる可能性がありますが、現段階は基礎研究であり臨床応用には含まれていません。
私たちはしばしば、「自閉症には多くの原因がある」と耳にします。
実際、これまでの遺伝学研究によって、自閉症に関係する遺伝子は100種類以上見つかっています。
一方で、こうした多様な遺伝子の違いにもかかわらず、自閉症のある人の脳では「似たような分子レベルの変化」が起きていることも報告されてきました。
では、まったく異なる遺伝子の変化は、どのようにして似た状態へとたどり着くのでしょうか。
その過程は、いつ、どのように形づくられるのでしょうか。
この問いに対して、アメリカのスタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、ブロード研究所などの研究チームが、人の幹細胞から作った「脳のミニチュアモデル」を用いて、大規模な研究を行いました。
研究者たちが用いたのは、ヒト人工多能性幹細胞(hiPS細胞)です。
これは、皮膚などの体細胞から作られ、さまざまな細胞へと分化できる細胞です。

研究チームは、
・特定の遺伝子変異をもつ自閉症のある人
・原因が特定されていない自閉症のある人
・自閉症のない人
からhiPS細胞を集め、そこから「ヒト皮質オルガノイド」と呼ばれる脳に似た立体組織を作りました。
このオルガノイドは、胎児期の大脳皮質の発達過程をある程度再現すると考えられています。
作られたオルガノイドを、分化開始から25日、50日、75日、100日という4つの時点で調べ、どの遺伝子がどれくらい働いているかを詳しく解析しました。
まず明らかになったのは、発達のごく初期段階では、遺伝子変異の種類ごとに「異なる変化」が多く見られるということです。
たとえば、
・16p11.2欠失
・16p11.2重複
・PCDH19関連変異
・ティモシー症候群
など、異なる遺伝子変化をもつグループでは、25日目の時点で、変化する遺伝子の数も内容も大きく異なっていました。
つまり、スタート地点では「それぞれ違う道」を歩んでいるように見えます。
ところが、時間が経つにつれて状況が変わります。
50日、75日、100日と発達が進むにつれ、
「どの遺伝子が上がるか、下がるか」というパターンが、異なる変異の間で次第に似てくるのです。

研究者たちは、この現象を「収束」と表現しています。
バラバラだった道筋が、発達の途中で少しずつ合流し、共通の分子状態へと近づいていく、というイメージです。
この収束の中心にあったのが、「遺伝子の働きを調整するネットワーク」でした。
遺伝子は単独で働くのではなく、複数の遺伝子がネットワークを作りながら、お互いの働きを調整しています。
解析の結果、複数の自閉症関連変異で共通して、
・遺伝子のオン・オフを制御する
・染色体の構造を調整する
・転写(遺伝情報を読み取る過程)を制御する
といった役割をもつ遺伝子群が、まとめて低下していることがわかりました。
とくに注目されたネットワークは、初期の発達段階で活動が高く、本来ならば、
・神経前駆細胞が増える
・どの細胞がニューロンになるかが決まる
・脳の基本構造が形づくられる
といった過程を支える役割をもっています。
このネットワークが弱まることで、発達の「土台」が変化し、その影響が後の段階まで連鎖していくと考えられます。
興味深いのは、原因が特定されていない「特発性自閉症」のグループでは、こうした共通の変化がほとんど見られなかった点です。
つまり今回の研究で示された収束は、主に「遺伝子変異がはっきりしているタイプの自閉症」で確認された現象でした。
研究者たちは、特発性自閉症については、より多様な仕組みが混在している可能性があると考えています。

さらに研究チームは、見つかったネットワークが本当に下流の遺伝子変化を引き起こしているのかを確かめるため、CRISPR技術(特定の遺伝子の働きを狙って弱めたり止めたりできる遺伝子操作の方法)を使った実験を行いました。
ネットワーク内の制御遺伝子の働きを人工的に弱めると、実際に、自閉症で共通して変化していた遺伝子群が同じように変動しました。
これは、このネットワークが「結果」ではなく、「原因側」に近い位置にあることを示しています。
発達の流れを整理すると、次のようになります。
・初期段階では、遺伝子変異ごとに異なる変化が生じる
・その変化が、遺伝子制御ネットワークに影響を与える
・ネットワークの異常が、共通の発達経路の乱れを生む
・最終的に、似た分子レベルの状態に収束していく
つまり、「出発点は違うが、途中から同じ川に流れ込む」ような構造です。
この結果は、自閉症を「単一の原因をもつ状態」と考えるのではなく、「多様な入口をもつが、途中から重なり合う発達の道筋」として捉える視点を示しています。
また、発達のごく早い段階で起こる小さな変化が、長期的な影響を持ちうることも示唆されています。

研究者たちは、今回の知見が将来的に、
・発達初期を対象とした支援の考え方
・分子レベルの共通経路を標的とする治療研究
につながる可能性があるとしています。
ただし、この研究はあくまで「細胞モデル」を用いた基礎研究であり、すぐに臨床応用できる段階ではありません。
それでも、この研究が示しているのは、
自閉症の多様性の背後には、「まったくバラバラ」ではなく、「どこかで重なり合う発達の仕組み」が存在するかもしれない、
というメッセージです。
違いの多さの中に、共通点を探す。
その試みが、自閉症理解の新しい地平を開きつつあります。
(出典:nature DOI: 10.1038/s41586-025-10047-5)(画像:たーとるうぃず)
かかえる困難を軽減する支援につながることを期待します。
(チャーリー)





























