この記事が含む Q&A
- 自閉症的な特性の自己報告は文化の影響を受けるのですか?
- はい、文化や社会の「ふつう」感覚や知識の違いが自己報告の程度に影響します。
- 診断基準や質問紙は西洋の価値観を前提に作られているのですか?
- そうした質問紙の多くは西洋社会の価値観を前提としており、非西洋文化では解釈が異なる可能性があります。
- 研究はどのような結論を示していますか?
- 自閉症の理解には文化・社会規範・知識の影響が強く、背景を無視せず慎重に評価すべきだという結論です。
自閉症の特性は、どの国でも同じように理解され、同じように捉えられているのでしょうか。
この研究は、その前提そのものに疑問を投げかけています。
自閉症の診断や評価では、社会的なやりとりや行動の「適切さ」が重要な判断材料になります。
しかし、何が「ふつう」で、何が「少し違う」のかは、文化によって大きく左右されます。
そのため、自閉症的な特性の見え方や解釈も、文化ごとに異なっている可能性があります。
この研究は、オランダのユトレヒト大学やライデン大学、マレーシアのノッティンガム大学マレーシア校、モロッコのイブン・トファイル大学など、複数の国と地域の大学に所属する研究者によって行われました。
文化的背景の異なる社会を横断的に比較することを目的とした国際研究です。
研究では、イラン、マレーシア、モロッコ、オランダという4つの国を対象に、一般の成人がどのように自閉症的な特性を自己報告するのかが調べられました。
対象となったのは、自閉症の診断を受けていない人たちです。
研究者たちは、三つの点に注目しました。
一つ目は、自分自身について「どの程度、自閉症的な特性があると感じているか」。
二つ目は、そうした行動が「自分の社会ではどれくらい一般的だと思われているか」。
三つ目は、自閉症についてどの程度の知識を持っているか、です。
結果を比べてみると、はっきりとした国ごとの違いが見えてきました。
イラン、マレーシア、モロッコの参加者は、オランダの参加者に比べて、自閉症的な特性をより多く自己報告していました。
同時に、これら3つの国では、自閉症的とされる行動が「社会的に比較的一般的だ」と感じられている傾向も強く見られました。

つまり、「特性が多いと感じている国」では、「その行動はわりと普通だ」とも捉えられていたのです。
この結果は、自閉症的な特性の自己報告が、単なる個人差だけでなく、その行動が社会の中でどう位置づけられているかに影響されている可能性を示しています。
一方で、自閉症に関する知識の量には逆の傾向が見られました。
オランダの参加者は、他の3つの国の参加者よりも、自閉症についての知識が多い傾向にありました。
そして全体として見ると、自閉症についての知識が多い人ほど、自分自身の自閉症的特性を低く報告する傾向がありました。
ただし、この関係はどの国でも同じように見られたわけではありません。
国ごとに分析すると、自閉症的な行動の「一般性」と自己報告との関係や、知識との関係はかなり異なっていました。
ある国では知識の影響が強く、別の国では社会的な「ふつう」の感覚のほうが強く影響していたのです。
研究者たちは、こうした違いの背景に、文化ごとの価値観や社会規範があると考えています。
個人の自立や自己表現が重視される社会と、集団との調和や空気を読むことが重視される社会では、同じ行動でも評価が変わります。
その結果、自閉症的な特性として質問紙で問われる内容が、文化によって異なる意味を持ってしまう可能性があります。

この研究は、自閉症的な特性を測る質問紙の多くが、西洋社会の価値観を前提に作られている点にも注意を促しています。
そのため、非西洋文化では、「特性が強い」と評価される理由が、必ずしも自閉症そのものを反映しているとは限らない可能性があります。
研究の結論として示されているのは、とても慎重なメッセージです。
自閉症的な特性の自己報告は、個人の内面だけで決まるものではなく、文化、社会的な「ふつう」の感覚、そして自閉症に関する知識の影響を強く受けている。
だからこそ、国や文化を越えて自閉症を理解し、評価しようとするときには、その背景を無視してはいけない、ということです。
自閉症をどう理解するかは、社会がどんな「当たり前」を持っているかを映し出す鏡でもあります。
この研究は、自閉症の見え方が文化によって変わるという事実を通して、「違い」をどのように受け止めているのかを、私たち自身に問い返しています。
(出典:Journal of Autism and Developmental Disorders DOI: 10.1007/s10803-026-07242-2)(画像:たーとるうぃず)
何が「ふつう」で、何が「少し違う」のかは、文化によって大きく左右されます。
これは、そうでしょう。
主観が大きく反映される、相対的な診断基準ですからね。
その人よりも、社会によって決まりそうです。
(チャーリー)





























