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「発達障害」がもたらすのは支援か偏見か。人はいろいろ言う

time 2021/11/14

この記事は約 6 分で読めます。

「発達障害」がもたらすのは支援か偏見か。人はいろいろ言う

発達障害や学習障害の早期診断は、子どもに適切なサポートを提供するのに役立ちます。
しかし親の中には、そのレッテルが子どもに汚名を着せるのではないかと心配する人もいます。

自閉症の子どもを持つ米国のある母親は、息子がハロウィンで「トリック・アンド・トリート」と言うことが特に難しいことに気づきました。
そこで彼女は、「ブルーパンプキンバケツ」という活動を立ち上げました。
これは、同じようなニーズを持つ子どもたちが、言葉で返せないときに、このバケツを持ってコミュニケーションを取れるようにするためのものです。

これは一見、善意のあるアイデアのように見えます。
しかし、障害のある子どもを持つ親からは、さまざまな反応がありました。
コミュニケーションに困難を抱える子どもたちへの認識と支援を促すものだと感じた人もいれば、自分の子どもが他の子どもと同じように扱われることを妨げる差別的なものだと感じた人もいました。

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このような議論は、特別支援を必要とする子どもたちをどのように認識し、サポートを提供するのが最善かという、より広い問題を反映しています。
このような子どもたちを多くの子どもたちに含めようとするのが良いのか、それとも彼らのニーズに合わせ別の集団を作るのが望ましいのか。

私は、これまでの職業人生の大半を、精神的に特別なニーズを持つ子どもたちの支援に捧げてきました。
こうした子どもたちに存在する、制度的、文化的、社会的、教育的な課題をよく知っています。

発達障害について、診断が下された子どもたちはもちろん、一見すると明確にそう診断されるべきなのに、診断が下されることなく早期支援が行われていない年長の子どもたちも見てきました。

私には重度の障害を持つ2人の甥がいます。
2人の息子のために、この世界で日々交渉しようとしている姉の苦労をよく目にします。
しかし、誰もが納得するような理想的な用語が存在しないことは姉も認めています。

「自閉症の子」「自閉症をかかえる子」「ASD(自閉症スペクトラム障害)」「特別支援」「知的障害」「発達障害」そのような用語には、それぞれ支持者と反対者がいます。

ラベルや診断の使用を支持する人たちは、そうした子どもたちに対応するための専門的なサービスを作るために必要であると考えています。
これらのラベルや用語は、子どもたちの生活から困難をより減らそうとする試みです。
場合によっては、子どものために追加のリソースを調達するために、これらのラベルが必要になることもあります。

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しかし、このようなレッテルを貼ることで、子どもたちを仲間から引き離し、社会の主流からさらに隔離してしまう危険性があると言う人もいます。
彼らは、そうした子どもたちを主流の教育・社会システムに統合する必要性を主張しています。
そうすれば、子どもたちは自分が仲間入りしたように感じられるかもしれません。
しかしその結果、子どもたちのニーズが満たされなくなる可能性もあります。

診断に対する親たちの反応も複雑な場合があります。
私の診療所では、子どもに自閉症スペクトラム障害や注意欠陥多動性障害の兆候があるとして、さらなる評価の必要性を提案すると、親たちは子どもの困難を「説明」できるかもしれない、認識できる支援があるかもしれないと、安堵感を覚えることがあります。
しかし,これらのラベルに付随する偏見のために,子どもにそうした診断がなされることをためらう人もいます。
診断するのはまだ早いと躊躇する人もいます。
しかし、早期発見が遅れれば、子どもの成長に大きな影響を与える可能性があります。

では、診断の際の言葉や用語の問題をどのように解決すればよいのでしょうか。
排除や偏見、分離主義の文化を生み出すことなく、子どもたちのためにオーダーメイドのサポート体制を構築するにはどうすればよいのでしょうか。

政治的、教育的、健康的、社会的な行動の中には、狭い規範に当てはまらない人たちをあからさまに無視するような要素があるのは明らかです。

しかし、ラベリングという論争の的になる言葉に純粋に悩んでいる人もいるでしょうし、正しい用語やアプローチをめぐる状況の変化についていけないと感じている人もいるでしょう。
これでは、何をやってもどこかで間違ってしまうギャンブルのようなものになってしまいます。

私は、馬を連れて町を歩いていた男とその妻の話を思い出します。

まず、人々は「馬の横を歩いているのなら、馬にも乗れないんだ」と言って、その男を嘲笑しました。

そこで、男は彼らが間違っていることを証明するために、馬に乗り自分が乗れることを示しました。

男が馬に乗って少し行くと、他の人々が「妻を横に歩かせて自分が馬に乗るとはひどい奴だ」と言い始めました。

そこで、男は馬から降りて、妻を馬に乗せました。

しかし、今度は別の人たちが、自分が横を歩いて、妻が馬に乗っているとはなんと弱い男なんだろうと言い始めました。

そのため、男と妻は二人で馬に乗って旅を続けました。

すると他の人たちから言われました。「二人も乗ったら、馬がかわいそうだ」

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この物語の教訓は、何をしても誰かに批判されるということです。
ソーシャルメディアの時代になって、これほどこれが真実味を帯びたことはありません。

数週間前、著名人が車いす利用者の意識向上を目的とした「A Day in My Wheels」キャンペーンに参加しました。

このキャンペーンに対する反響は賞賛の声と、形だけで侮辱している、無神経であるという非難の声が入り混じっていました。
誰が正しく、誰が間違っているのでしょうか?

私は、人々が使う用語や取り組みの背後にある「意図」を、単なる言葉遣いではなく考えるようにしています。

すべての間違いやエラーが攻撃的な意図を持っているわけではありませんし、言葉の誤用を誹謗中傷するのではなく、たまたま間違えてしまった人にも寛容になる必要があるのではないでしょうか。

言葉と表示の理想的なバランスはまだ確立されていませんが、どちらの立場の人にも、お互いに忍耐強く付き合っていただきたいと思います。
苦痛を与える目的で意図的に何かを間違えるのと、たまに言葉の地雷を踏んでしまうのとは違うのです。

ほとんどのものに名前が付けられる時代になった今、子どもたちの不適合な行動に病的なレッテルを貼ることには注意が必要です。
社会の常識に当てはまらないからといって、行動に病名やレッテルを貼るようなことは避けなければなりません。

「インクルーシブ」の真の精神とは、違いを尊重してそれを統合することであり、違いを分離したり強調したりすることではありません。

私たちが包括的な用語を使うことには過剰な修正があるかもしれません。
また、反対意見や非難は、単に間違ったことをした人ではなく、危害を加えようとしている人のためにはとっておく必要もあるかもしれません。

(出典:アイルランドIrish Examiner)(画像:米reddit  Pixabay

いろいろな人がいろいろなことを言う。

それはしかたがないことだと思います。

なので、言われるほうとしてはすべてを真に受けるのではなく、スルーすることも必要です。

「正しさ」を振りかざしてくる人はやっかいですが、大事な人や自分を守るためには。

誰にとっての正しさなのか、「ポリコレ」の一面をその人だけの正義に都合よく使っているのではないか、

そう見つめ、まず冷静に。

『発達障害の人』『発達障害がある人』どっちを使うべきか問題

(チャーリー)

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「珍獣扱いされてるぞ、ねっちさん」
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