
この記事が含む Q&A
- 母親のACEsと子どものACEsには関連がありますか?
- はい、母親のACEs点数が高いほど子どものACEsも高くなる傾向があります。
- 父親のACEsと子どもの情緒や行動の問題に関係はありますか?
- いいえ、この研究では父親のACEsと子どもの問題には有意な関連は見られませんでした。
神経発達症(いわゆる発達障害)のある子どもとその親における「逆境的な子ども時代の経験(ACEs)」に関する注目すべき研究が、スウェーデンの研究チームにより行われました。
この研究は、ADHDやASDのある子どもたちがどのような困難な過去を持っているのか、そしてその親、とくに母親がどのような影響を受けているのかを明らかにするものでした。
ACEsとは、子ども時代に経験する虐待やネグレクト、家庭内の機能不全など、心身に大きな影響を与える逆境的な出来事のことを指します。
1998年のアメリカの大規模研究をきっかけに、ACEsと健康問題との関連性が注目されるようになりました。
これまでの研究では、ACEsが将来の心身の健康、学業、社会的な適応にまで影響することが明らかになっています。
この新たな研究では、スウェーデン国内の児童精神科クリニック2か所で、ADHDやASDと診断された子ども48人と、その親(母親86人、父親37人)が参加しました。
調査は2018年から2021年にかけて行われました。
研究の目的は、主に3つです。
第一に、親のACEsと子どものACEsの間に関連があるかどうか。
第二に、親のACEsと親自身のADHDやASD傾向に関係があるかどうか。
第三に、親や子どものACEsが、子どもの情緒的・行動的な問題にどう影響するかを調べることでした。
調査に使われたのは、「ACE質問票」という、子ども時代に経験した10種類の逆境(虐待、ネグレクト、親の離婚、家庭内暴力、家族の薬物使用や精神疾患など)について答えるものです。
点数が高いほど、多くの逆境を経験していたことになります。
また、親のADHD傾向は「ADHD-RS」、ASD傾向は「ASSERT」という自己評価の質問票で調べられました。
子どもの行動や感情面については「SDQ(Strengths and Difficulties Questionnaire)」という国際的に広く使われている質問票で評価されました。
その結果、母親のACEsの合計点数が高いほど、子ども自身もACEsの点数が高くなる傾向が見られました。
つまり、母親が子ども時代に経験した逆境は、その子どもにも何らかの形で影響を及ぼしているということです。
この関連は、統計的にも有意なものであり、偶然の一致とは考えにくいものでした。
一方で、父親のACEsと子どものACEsには有意な関連は見られませんでした。
さらに、母親のACEsの多さは、母親自身のADHDやASDの傾向とも強く関連していました。
ADHDやASDのような神経発達症は遺伝的な要素も大きく、親子間で共通して見られることも多いですが、それに加えて「逆境体験」が関係している可能性が示唆されました。
父親については、こうした関連性は見られませんでした。
とくに注目すべきは、母親のACEsの多さが、子どもの情緒や行動の問題にも影響しているという点です。
母親が「感情的虐待」や「性的虐待」を経験していた場合、子どものSDQスコア(問題の多さを示す)が有意に高くなる傾向がありました。
この関係は、母親の年齢、学歴、神経発達傾向を考慮した上でも残りました。
また、子ども自身が多くのACEsを経験していた場合、その子どもは「情緒的な問題」を抱えやすい傾向が見られました。
家庭内の機能不全(たとえば親の離婚や家庭内暴力など)が多かった子どもほど、情緒的な困難を感じていることが示されました。
一方で、ネグレクト(育児放棄)を経験した子どもは、親の評価では「多動や注意欠如」が少なく出る傾向も見られました。
これは、ネグレクトを行う親が子どもの困難に気づきにくいことが原因ではないかと考えられています。
研究では、参加した母親の23%が「4つ以上のACEs」を経験していたと報告しており、これはスウェーデンやアメリカの一般人口に比べてかなり高い数値です。
一方、父親で4つ以上のACEsを経験していた人は3%と少数でした。
この違いが、母親と父親で結果に違いが出た一因とも考えられます。
研究者たちは、ACEのような過去の逆境体験が、母親の子育てスタイルやメンタルヘルス、さらには家庭内の雰囲気にまで影響し、それが子どもの心の成長や行動に波及している可能性があると指摘しています。
たとえば、母親が過去に虐待やネグレクトを受けていた場合、その経験がストレスやうつ、不安となって現れ、結果的に子どもとの関係にも影響を与えるという構図です。
また、ACEスコアが高い母親は、子どもの問題行動をより強く感じる傾向があるとも言われています。
つまり、同じ子どもの行動でも、母親の過去の経験によって見え方が変わる可能性があるということです。
このことは、診断や支援の際に、保護者の視点をどう受け止めるかにも関わってきます。
一方、父親のACEスコアと子どもの情緒・行動問題との間には、有意な関連は見られませんでした。
研究では、母親の方が育児に関わる時間が長く、またシングルマザーも多かったため、母親の影響が強く出た可能性もあるとしています。
加えて、参加した父親の数が少なく、データとしての偏りも考慮する必要があります。
この研究は、小規模ながらも、神経発達症のある子どもとその家族にとって大きな示唆を与えるものです。
研究チームは、ADHDやASDの診断や支援において、子どもだけでなく、その親、とくに母親のACEsや神経発達傾向にも目を向ける必要があると強調しています。
現在の診断ツールには、家庭のストレスや親の背景を評価する質問はあまり含まれていませんが、この研究結果から、そうした情報を把握することの重要性が明らかになりました。
結論として、逆境的な子ども時代の経験は、ADHDやASDを持つ子どもたちに限らず、親世代にも影響を及ぼしており、世代を超えた課題として捉える必要があります。
とくに母親の過去の経験は、子どもの心や行動に強く影響する可能性があり、今後の支援や治療計画には家族全体を対象としたアプローチが求められると考えられます。
今後は、父親の役割や関わりについても、より詳細に調べることが必要です。
父親の関与がどのように子どもの行動や情緒に影響するのか、また母親との違いは何かといった点は、今後の研究に期待されます。
(出典:Nordic Journal of Psychiatry)(画像:たーとるうぃず)
「母親の過去の経験は、子どもの心や行動に強く影響する可能性があり、今後の支援や治療計画には家族全体を対象としたアプローチが求められる」
さらなる研究は必要でしょうが、本当につらく悲しい連鎖、想像に難くありません。
(チャーリー)