
この記事が含む Q&A
- 自閉症の子どもは睡眠に関する問題を抱えやすいですか?
- はい、研究によると、自閉症の子どもたちは睡眠の困りごとを抱える割合が高いです。
- 感覚の過敏さが睡眠に与える影響は何ですか?
- 感覚の過敏さが直接睡眠の質の低下につながるわけではなく、認知能力によって関係性が変わることがわかりました。
- 認知能力が睡眠問題の影響にどのように関わるのですか?
- 低い認知能力の子どもほど感覚過敏と睡眠問題の関連が強くなる傾向があります。
自閉症スペクトラム症(以下、自閉症)の子どもたちは、そうでない子どもたちに比べて、睡眠に関する問題を抱える割合が高いことが、これまでの多くの研究で明らかになっています。
また、音や触覚、光などの感覚に対して強く反応する「感覚の過敏さ」も、自閉症の特徴のひとつとしてよく知られています。
では、こうした感覚の過敏さが、子どもたちの眠りにどのような影響を与えているのでしょうか。
この問いに対して、金沢大学を中心とした研究チームは、これまであまり注目されてこなかった「認知能力」という観点を加えた新たな調査を行いました。
その結果、「感覚の過敏さがそのまま睡眠の質の低下につながるわけではなく、その関係は子どもの認知能力によって大きく変わる可能性がある」という、非常に重要な気づきが得られたのです。
研究には、合計87人の就学前の子どもたちが参加しました。
内訳は、自閉症と診断された子どもが42人、発達に特に問題のない典型的発達の子どもが45人です。
年齢はいずれも5歳から6歳で、調査時点で定期的な睡眠薬などは服用していませんでした。
睡眠の状態は、保護者が記入する「日本版就学前児睡眠質問票(JSQ-P)」を使って評価されました。
この質問票では、寝つきのよさ、夜中の目覚め、朝の機嫌など、全部で39項目について点数をつけていきます。
点数が高いほど、睡眠に関する困りごとが多いと考えられます。
感覚特性については、「ケアギバー感覚プロファイル(SP)」という別の質問票を使って、子どもが日常生活の中でどれくらい感覚に敏感に反応するかを調べました。
評価の対象は、音・視覚・前庭(バランス感覚)・触覚・口腔の5つの領域です。
さらに、子どもの認知能力は、「K-ABC児童評価バッテリー」という検査によって測定されました。
これは、推論や問題解決能力など、いわゆる“流動性知能”を評価する検査で、今回は「精神処理尺度」のスコアを使用しました。
まず明らかになったのは、自閉症の子どもたちは、典型的発達の子どもたちに比べて、すべての感覚領域で過敏さが強く、認知能力のスコアも有意に低いということです。
そして、睡眠の様子について見ると、自閉症の子どもたちの約半数が、「寝つきにくい」「夜に何度も目が覚める」といった問題があるとされる基準を超えていました。
一方で、発達に特に問題のない子どもでその基準を超えたのは、5人に1人ほどでした。
つまり、自閉症の子どもたちは、眠りに関する困りごとを抱えている割合が、典型的発達の子どもよりもはるかに多かったのです。
しかし、この研究の核心は、そうした「自閉症の特徴」同士の関係をさらに掘り下げた点にあります。
研究チームは、参加者全体の認知スコア(平均102.96点)を基準として、「平均より低いグループ」と「平均より高いグループ」に分けました。
そのうえで、それぞれのグループごとに、「感覚の過敏さ」と「睡眠の問題」がどう関係しているかを分析したのです。
その結果、認知能力が平均より低い子どもたちでは、感覚の過敏さと睡眠の問題とのあいだに強い関連があることがわかりました。
たとえば、触覚に敏感な子どもほど寝つきが悪く、眠りが浅くなりやすい傾向が見られました。
同様の傾向は、口腔や前庭の感覚についても確認されました。
一方、認知能力が平均より高い子どもたちでは、感覚の過敏さが睡眠に大きな影響を与えることは確認されませんでした。
つまり、「感覚に敏感である」こと自体は同じでも、それが「睡眠の質の低下」につながるかどうかは、その子どものもつ認知的な力によって大きく変わってくる可能性があるのです。
では、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。
研究チームは、「感覚刺激への対処や自己調整の力に、認知的な働きが深く関わっているのではないか」と考えています。
たとえば、音に敏感な子どもでも、「これはすぐ終わる音だから気にしなくて大丈夫」と自分に言い聞かせるような認知的処理ができれば、眠りへの影響は小さくて済むでしょう。
けれど、認知能力が低い場合には、そうした理解や対処が難しく、感覚刺激に強く反応してしまうため、結果として睡眠の問題につながりやすくなると考えられるのです。
この知見は、実際の支援や介入を考えるうえで、非常に大きな意味を持ちます。
これまでの支援では、「感覚過敏があるから眠れない」といった単純な理解で対処されていたかもしれません。
しかし本研究は、「その子どもが、感覚刺激にどう対処できるのか」という視点が必要だと示しています。
つまり、感覚だけでなく、認知の特性も含めて、その子どもを総合的に理解することが、より効果的な支援につながるということです。
たとえば、感覚刺激に対する環境調整(照明を暗くする、静かな部屋にする)だけでなく、「安心できる言葉がけ」や「視覚的な手がかり」などを通じて、子どもが状況をうまく理解し、落ち着けるように支援することも大切です。
どのような支援が合うかは、その子の認知的な特徴や感覚の傾向によって変わるため、個別に見ていくことが必要です。
なお、この研究にはいくつかの限界もあります。
たとえば、睡眠の状態は保護者による質問票だけで評価されており、アクチグラフ(腕時計型の活動計)や脳波など、客観的なデータによる裏づけは行われていません。
また、対象となった子どもの年齢は5〜6歳に限定されており、より広い年齢層を含めた調査が今後は必要です。
さらに、知的障害がある子ども(知能指数70未満)は対象に含まれていないため、重度の支援が必要なケースにもこの知見が当てはまるかどうかは慎重な検討が求められます。
それでも、この研究の意義は大きいと言えるでしょう。
感覚の過敏さと睡眠の問題という、よく知られた2つの特徴のあいだに、「認知能力」という第三の要素が深く関わっている可能性を示したことで、支援の視点に新しい方向性が加わったからです。
個々の子どもの特性にあわせた、より柔軟で効果的な支援のための一歩となる研究成果です。
(出典:Nature DOI: 10.1038/s41598-025-08581-3)(画像:たーとるうぃず)
「感覚の問題」→「睡眠の問題」
この影響は、「認知的な力」によって大きく変わってくる。
という研究です。
自閉症の子の睡眠の問題は、本人だけでなく家族にとっても深刻です。
うちの子も小さな頃はたいへんでした。
正しく理解され、効果の高い支援につながることを願います。
(チャーリー)