
この記事が含む Q&A
- スマートチェアはADHDの診断をどうサポートしますか?
- 椅子の4脚に取り付けたロードセルが座っている間の重心の動きを1秒5回測定し、動きの平均距離ATLで客観的な指標を提供します。
- この方法の利点と限界は何ですか?
- プライバシーが保たれやすく外部条件に左右されにくい一方、不注意型では差が小さく診断の助けにならない可能性があります。
- 将来、この技術はどのように使われそうですか?
- 学校・病院だけでなく家庭や特別支援教育でのサポートにも活用される可能性があり、実際の教室での検証が今後の課題です。
注意欠如・多動症(ADHD:Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)は、子どものおよそ数%にみられる発達障害で、集中が続かない、不注意が多い、または落ち着きがない、衝動的に行動するといった特徴があります。
診断は医師による観察や、保護者や教師からの報告に基づくことが多く、質問紙や面接が中心です。
しかしこうした方法は、人によって評価の仕方が異なりやすく、同じ子どもでも場面や観察者によって結果が一致しないことがあります。
そのため、誰が見ても同じ結果が得られる「客観的な診断方法」が求められてきました。
台湾の高雄医科大学、高雄医科大学附設病院、義守大学の研究チームは、この課題を解決するために新しい方法を考えました。
それは、座っている間の「動き」を数字で表し、診断の手がかりにするというシンプルなアイデアです。
使うのは、一見ふつうの学校の椅子。
しかし、この椅子の4本の足には「ロードセル(Load Cell)」という力を測るセンサーが取り付けられています。
ロードセルは押されるとわずかに変形し、その力を電気信号に変えて記録できる装置です。
もともとは工場や医療現場でも使われており、たとえば睡眠中の寝返りや病院ベッドでの呼吸を測るのにも活用されています。
実験では、ADHDと診断された小学生30人(男子14人、女子16人)と、ADHDのない同じ年齢・性別の30人が協力しました。
参加した子どもたちは、机と椅子と大きな画面がある模擬教室に入り、年齢に合わせた数学の教育ビデオを15分間視聴します。
子どもが座る椅子のロードセルは、体の動きによってかかる重さの分布の変化を1秒間に5回記録します。
内部には小さなコンピュータが組み込まれていて、記録したデータに時間を付け、無線でスマートフォンに送ることもできます。
研究チームが注目したのは「重心の動き」です。
座っている間、体を揺らしたり、足を動かしたり、体をひねったりすると、椅子にかかる重さの位置が変わります。
この動きの軌跡をたどり、その距離の平均を「平均軌跡長(ATL:Average Trajectory Length)」という数字にしました。
静かに座っていればこの数字は小さく、頻繁に動くほど大きくなります。
結果ははっきりしていました。
ADHDの子どもは、そうでない子どもに比べてATLが大きく、つまり座っている間の動きが多かったのです。
とくに男子ではこの差が顕著で、女子ではタイプによって差がありました。
男子の全員が「混合型(ADHD-C:Combined Type)」と呼ばれる、不注意と多動・衝動の両方が見られるタイプでした。
一方女子は、多くが「不注意優勢型(ADHD-I:Inattentive Type)」で、このタイプは動きが少なく、ATLの数値も低い傾向がありました。
研究チームは、性別の違いが数値に影響することも確かめています。
男の子と女の子では、そもそも動きの量に差があり、ADHDでない子どもでも男子のほうが動きが多い傾向があります。
また、ADHDのタイプによっても動きの量は変わるため、測定結果を理解するには性別やタイプを考慮することが大切だとしています。
この方法の魅力は、ビデオ撮影のようにプライバシーの心配が少なく、部屋の明るさやカメラの角度など外部条件に左右されにくいことです。
座っている間の動きだけに集中して記録できるため、診断の一部として安全に利用できます。
とくに、多動や衝動の特徴がはっきりしているタイプのADHDでは有効な指標になる可能性があります。
一方で、この方法にも限界があります。
不注意型のように動きが少ないタイプでは、数値の差が小さく、診断の助けにならない場合があります。
また、今回の実験は模擬教室で行われたため、実際の授業のようにクラスメートが周囲にいる状況ではありませんでした。
現実の教室では、友達の声や動きに反応してさらに動くこともあれば、逆に意識して動きを抑えることもあります。
研究チームは今後、実際の教室で同じ測定を行い、友達との関わりが動きにどう影響するかも調べる予定です。
それでも、この「スマートチェア」は、ADHDの診断を客観的にサポートできる新しい道具として注目されています。
数字として動きを記録できるため、医師が診断を下すときの参考になり、保護者や教師も子どもの行動を客観的に理解しやすくなります。
将来的には、学校や病院だけでなく、特別支援教育や家庭でのサポートにも活用できる可能性があります。
(出典:Journal of Neurodevelopmental Disorders DOI: 10.1186/s11689-025-09641-5)(画像:たーとるうぃず)
これは単純ですが、診断に使えそうな、特徴を効果的にとらえられそうなアイデアですね。
早期の実用化を期待しています。
(チャーリー)