
この記事が含む Q&A
- 難聴とADHDには関連があるとされますか?
- 難聴のある子どもはADHD治療薬の処方が約1.8倍高く、鼻炎を併存すると約2倍に強くなると報告されています。
- アレルギー性鼻炎とADHDの関連はどの程度ですか?
- 鼻炎のある子どもはADHD治療薬の処方が約1.4倍高くなる可能性があり、難聴との併存で関連はさらに強まるとされています。
- 性別や研究の限界、現場での対応はどう捉えるべきですか?
- 女性では関連が強いとされ、因果関係は断定できず、聴覚・鼻の問題を併せて評価し学校と家庭の協力を進めるのが現場のポイントです。
子どものADHD(注意欠如・多動症)と、耳や鼻の健康との間にどのような関係があるのか。
これは親や先生にとって日常的に直面する疑問のひとつです。授業中に落ち着きがなく見える、話を聞き逃す、集中できない。
そうした行動はADHDの特性と重なりますが、実は耳の聞こえや鼻の通りの問題が関わっている可能性もあるのです。
韓国のチュンナム国立大学の研究チーム(薬学部、医科大学、ブレインリサーチインスティテュート、セジョン病院)は、この関係を明らかにするために、国全体の医療データを用いた大規模調査を行いました。
研究では、韓国の健康保険審査評価院のデータベースを用い、2009年から2018年までの10年間にわたり、6歳から19歳までの子どもたちを対象に解析しました。
毎年約110万人という膨大な人数が含まれており、これは従来の研究ではほとんど見られなかった規模です。
研究者たちは、ADHDを「その年にメチルフェニデートまたはアトモキセチンが処方されている」ことで定義しました。
難聴は「国際疾病分類の難聴コードがあり、同じ年に聴力検査を受けている」ことで、アレルギー性鼻炎は「鼻炎の診断コードがあり、皮膚テストや特異的IgE検査が行われている」ことで確認しました。
分析の結果、難聴とADHDの関連は明確に見られました。
難聴のある子どもは、難聴のない子どもに比べてADHD治療薬が処方されている可能性が約1.8倍高かったのです。
これは、年齢や性別、保険の種類、調査年度を統計的に調整した後でも変わらない結果でした。
さらに感度分析と呼ばれる厳しい条件での確認(同じ年に2回以上聴力検査を受けている場合、耳鼻咽喉科で診断されている場合、総合病院で診断されている場合)でも、この関連は一貫して強く出ました。
アレルギー性鼻炎についても同様に、ADHDとの関連が確認されました。
鼻炎を持つ子どもは、持たない子どもに比べてADHD治療薬が処方されている可能性が約1.4倍高かったのです。
こちらも厳しい条件での検証を行っても結果は揺らぎませんでした。
さらに重要なのは、難聴と鼻炎を両方持つ子どもです。
この場合、ADHDとの関連はさらに強く、可能性は約2倍に達しました。
つまり、耳と鼻の問題が重なることで、ADHDと結びつくリスクが一層高まるということです。
これは日常生活においても納得できることかもしれません。聞き取りづらさと呼吸の不快さが同時にあると、子どもは注意を維持することが難しくなり、落ち着きのなさや不注意につながりやすいのです。
性別ごとの分析も行われました。一般的にADHDは男の子に多いと知られていますが、この研究では「難聴とADHDの関連」は女の子の方が強いことが示されました。
難聴のある女の子はADHDを持つ可能性が約2.3倍、男の子では約1.6倍でした。
つまり、女の子にとって難聴はADHDと結びつく重要な要因となっているのです。
これは従来の「ADHDは男の子に多い」という理解に一石を投じるものです。
女の子ではADHDが気づかれにくいとされますが、難聴がある場合には見逃してはいけないサインになると考えられます。
社会経済的な背景も調査されました。
韓国では、一般の健康保険とは別に低所得層向けの医療扶助制度があります。
研究によれば、この医療扶助を利用している子どもは、一般の健康保険に加入している子どもに比べてADHDの割合が高かったのです。
これには複数の要因が考えられます。
生活環境のストレスや学習環境の違い、家庭での支援の難しさなどが影響している可能性もあれば、医療費負担が軽いために診断や治療につながりやすいという制度的な要素もあるかもしれません。
研究チームは、難聴とADHDの関係に注目し、「聴覚リハビリがADHDの補助的な治療になり得る」という仮説を提案しています。
耳の聞こえを改善することで、授業中の聞き取りがスムーズになり、結果的に「不注意」や「落ち着きのなさ」と見えていた行動が軽減する可能性があるという考え方です。
これが正しいかどうかは今後の研究が必要ですが、医療や教育の現場にとっては新しい視点となります。
この研究は横断的なデザインで行われたため、因果関係は断定できません。
つまり、「難聴や鼻炎があるからADHDになる」と言えるわけではありません。
逆に、ADHDの特性がある子どもが受診の頻度や検査の受け方に影響し、診断されやすくなっている可能性もあります。
また、保険請求データを用いているため、家庭での喫煙やアレルゲン曝露、家族歴といった詳細な情報は含まれていませんし、診断コードの正確さにも限界があります。
しかし、定義を厳しくした感度分析でも結果が変わらなかったことは、この発見の信頼性を高めています。
この結果が家庭や学校に伝えるメッセージは明確です。
子どもが集中できない、落ち着きがないと感じたとき、ADHDの有無だけを考えるのではなく、耳や鼻の状態を同時に確認することが大切です。
とくに女の子で難聴がある場合には、ADHDの可能性を丁寧に評価する必要があります。
学校現場では、席の位置を前方にする、先生がはっきりと声を届ける、指示を短く区切り視覚的にも示す、雑音の多い活動では休憩を設ける、といった配慮が役立ちます。
家庭では、鼻炎が悪化する季節を予測し、事前に学校と共有することが助けになります。
こうした工夫が「聞こえ」や「呼吸」の負担を減らし、子どもが本来の力を発揮できる環境を作ります。
研究が示すのは、ADHDの支援において「からだの状態をいっしょに見る」ことの重要性です。
聴覚スクリーニングや学校健診でのチェックは、支援の出発点になります。
耳や鼻の困りごとが整えば、「わかった」という経験が増え、自己肯定感につながります。
ADHDかどうかという診断ラベルの前に、子どもがどこに困っているのかを具体的に見る。
そこに本人の強みを生かす道があります。
韓国の大規模な国民皆保険データを活用したこの研究は、ADHDと耳や鼻の健康の関わりに新たな光を当てました。
医療、教育、家庭が手を取り合い、「聞こえ」と「通気」を丁寧に整える。
その上で必要な支援を重ねる。この当たり前のステップこそが、ADHDの子どもたちの生活をより豊かにする道であることを、今回の研究は改めて示しているのです。
(出典:International Journal of Environmental Research and Public Health DOI:10.3390/ijerph22091422)(画像:たーとるうぃず)
そんな関係も指摘されているのですね。
疑いをもったなら、耳鼻科へも。
(チャーリー)