 
		この記事が含む Q&A
- 自閉症と緑地の関係はどんな結論ですか?
- 緑の量が多いほど診断率が下がる単純な関係ではなく、アクセス性や使える場の有無が生活のしやすさに影響する可能性がある、因果関係は断定していません。
- 研究で使われた指標は何ですか?
- NDVIという衛星データを用いて地域の緑の量を0〜1の数値で表し、客観的に測定しました。
- 「みどり」はどう活かすべきですか?
- 量だけでなくアクセス性と活用できる環境づくりを重視し、街づくりや支援で「どう暮らせるか」を共に考えることが提案されています。
自閉症(ASD)は、生まれつきの脳のはたらきの違いです。
妊娠中からの神経発達の過程で育まれるもので、生まれた後の育て方や環境が原因となって「自閉症になる」ということはありません。
これは医学・神経科学の中でしっかりとした共通理解となっています。
しかし、自閉症の特性そのものが先天的で変わりにくい一方で、日々の生活のしやすさや、困難の表れ方には個人差があります。
同じ特性を持つ子どもでも、環境が整うことで安心して過ごせたり、困難が和らいだりします。
つまり、環境は「原因」ではなく、「支え方」に深く関わります。
今回紹介する研究は、この「支え方」の視点に立ち、自閉症と環境との関係に焦点を当てたものです。
「自閉症を治す」のではなく、「生活を助ける環境のヒントを探る」研究です。
その環境として注目されたのが、子どもの生活のまわりにある、みどりの環境でした。
みどり——つまり、公園や木々、草地などの緑地は、わたしたちの暮らしにたくさんの良い影響をもたらします。
きれいな空気、静けさ、涼しさ、身体を動かす場、気持ちが落ち着く空間、他の子や家族との交流の機会。
そんな「当たり前」のような環境の質が、子どもの育ちと密接に結びついている可能性があります。
イタリア・カターニア大学の研究チームは「もし身近な環境が生活のしやすさを支えるなら、その一つとして“緑のある環境”がヒントになるかもしれない」と考え、研究を進めました。

研究は、イタリアのカターニアという街で行われました。カターニアは歴史ある街で、大都市でもあり、自然環境も近くにある地域です。
この地で、研究チームは、以下の子どもたちを対象にしました:
- 自閉症と診断された子ども:61名
- 同じ地域の健常児:93名
対象となった子どもたちが住んでいた場所に、どれくらい緑があったかを調べる必要があります。
しかし、単に「公園があるかないか」を見て判断するのではなく、科学的に測定するために、衛星データを利用しました。
ここで使われた指標が「NDVI(Normalized Difference Vegetation Index:正規化植生指標)」です。
衛星画像から、植物がどれくらい生えているかを0〜1の数値として示すことのできる方法です。
植物が多い地域ほどNDVIの値が高くなります。研究者はこれを子どもたちの生活環境の「緑の量」の客観的指標として使いました。
そして、年齢や性別の影響を統計的に調整し、緑の量と自閉症であるかどうかの関係を分析しました。
結果は、研究チームが予想したような単純なものではありませんでした。
「みどりが多いほど自閉症の診断率が下がる」というまっすぐな関係ではなく、もっと複雑な形だったのです。
たとえば、緑が極端に少ない地域よりも、適度にある地域の方が良い傾向が見られたものの、緑が極端に多い地域であっても、その効果は一定ではありませんでした。数値をただ増やせば解決するような問題ではないということです。

研究チームは、ここに重要な視点を見いだしました。
それは、「みどりがある」ことと「みどりを利用できる」ことは違うということです。
たとえば、
- 公園が近くにあっても、交通量が多かったら?
- 外出が苦手な子にとって、そこは「使える場所」といえる?
- 緑が多くても私有地だったり、危険だったりしない?
- 外遊びが気疲れしてしまう子にとって、それは安心できる空間?
緑があっても、それが子どもの生活に届いていないなら、その子にとっては存在しないのと同じかもしれません。
だから、この研究は数字の結果よりも、「アクセスのしやすさ」という視点が大切という問題提起をしているのです。
さらに研究者は、緑地のある環境は、大気汚染が少なく、ストレスが減り、身体を動かし、社会的交流を生みやすい可能性があると述べています。
しかし同時に、こうした要素はあくまで「生活のしやすさ」に関係するものであって、自閉症の原因ではありません。
つまりこの研究が伝えたいのは、自閉症は生まれつきの脳の特性だけど、その特性を持つ子が生きる環境によって困難が大きくなったり、小さくなったりするということです。
研究チームは、今後の課題として、緑地への「アクセス性」をふまえた、より広い地域での検証が必要だとしています。
緑地そのものの量ではなく、その街で暮らす子が「実際にどう使えるのか」を考えるべきだと考えているのです。
この考え方は、自閉症支援の本質に深く関係します。
自閉症の子どもたちは、感覚の感じ方に違いがあったり、予想外の変化が苦手だったり、人との関わり方に特徴があったりします。こうした特性が、周囲の環境と噛み合うと安心して過ごせますが、合わないと日常のなかで大きな負担につながります。
だからこそ、支援の場では「何が苦手か」を矯正するのではなく「どうすれば暮らせるか」を一緒に考えるという姿勢が重要です。
この研究は、小さな問いを投げかけています。
子どもたちにとって、街は味方になっているだろうか。
特別な支援をする前に、「そこにある空間」が支援になることもある。
それがみどりのある環境の可能性です。

みどりの木々がそっと風を通し、大気を浄化し、気持ちをやわらげる——その「小さな助け」が、日々積み重なるとしたら。
自閉症の特性を持つ子だけでなく、
すべての子どもや家族にとってプラスになるはずです。
今回の結果から決定的な因果関係を断定することはできません。
しかし、この研究ははっきりと示しています。
環境もまた、育ちの一部であると。
自閉症は生まれつきの違い。
直すものでも、消すものでもありません。
ただ、その違いを抱える子どもたちが、少しでも安心して歩めるように。
街や社会は、そのためにどんな姿になれるだろうか。
みどりが問いかけています。
「ここは、あなたがいられる場所ですか?」
一人ひとりの子どもが、自分らしく息ができる場所を広げていくこと。
それが、環境ができる支援であり、周りの大人にできることのひとつです。
この研究は、まだ始まりにすぎません。
みどりのある環境には、日々を少し楽にしてくれる「やわらかい力」がある。
それをどう活かすかは、これからの街づくり、保護者、支援者、そして社会の課題です。
自閉症の子どもたちが、どんな環境でも否定されないように。
緑の木々のように、しなやかに、たくましく生きるために。
街にも、子どもたちを包む「やさしい葉っぱ」がもっと増えていく未来を願っています。
(出典:European Journal of Public Health DOI:10.1093/eurpub/ckaf161.1306)(画像:たーとるうぃず)
「みどり」の状況が自閉症の原因となっている、ということを伝える研究では決してありません。
自閉症と診断される程度の、特性の現れやすさと、「みどり」との関係についてだと理解しました。
(チャーリー)




























