この記事が含む Q&A
- 自閉症のある思春期の子どもでは、感情的共感が高いほど反応的攻撃が増え、時間とともに高まるほどその傾向が強まるのか?
- 自閉症のある思春期の子どもでは感情的共感が高いほど反応的攻撃が増える傾向があり、時間とともに高まるほど顕著になる場合があると報告されています。
- 認知的共感は能動的攻撃を抑える働きを持つのか?
- 認知的共感が高いほど能動的攻撃は減る傾向が、自閉症の有無にかかわらず見られます。
- この研究の意義は何で、共感は一枚岩ではないという点はどう意味づけられるのか?
- 共感は種類ごとに行動への影響が異なると示され、感情的共感は過度だと反応的攻撃につながる一方、認知的共感は攻撃を抑える要因になり得ると結論づけられています。
人の気持ちに反応しているように見えるのに、対人関係がうまくいかない。
相手を傷つけたいわけではないのに、強い反応として行動に出てしまう。
こうした出来事は、自閉症のある思春期の子どもと、その周囲で、決してめずらしいものではありません。
今回紹介する研究は、こうした違和感の背景にある構造を、「共感」と「攻撃」という二つの軸から整理し直したものです。
この研究を行ったのは、オランダのライデン大学を中心とする研究チームです。
この研究の重要な特徴は、共感も攻撃も、それぞれを一つの性質として扱わなかった点にあります。
研究チームは、どちらも性質の異なる二つの側面に分けて考えました。
まず、共感についてです。
一つは「感情的共感」です。
これは、相手の感情に触れたとき、その感情が自分の中にも直接入り込んでくる体験を指します。
相手が悲しんでいれば自分も苦しくなり、相手が怒っていれば自分の緊張も高まる、といった感情の巻き込みです。
もう一つは「認知的共感」です。
こちらは、相手がなぜその感情を抱いているのかを理解しようとする力です。
状況や理由を整理し、相手の立場を考えることが含まれます。
次に、攻撃についてです。
一つは「能動的攻撃」です。
これは、相手を支配したい、優位に立ちたい、意図的に傷つけたいといった目的をもって行われる行動です。
もう一つは「反応的攻撃」です。
こちらは、からかわれた、傷ついた、怖かったと感じたときなどに、感情が一気に高まり、抑えきれずに起こる衝動的な反応です。

この研究は、これら四つの要素が、
時間の経過とともにどのように関係していくのかを調べるために行われました。
そのため、研究方法にも大きな特徴があります。
研究に参加したのは、9歳から15歳までの思春期の子どもたちです。
自閉症のある子どもが82人、自閉症のない子どもが105人でした。
年齢や性別はできるだけそろえられ、知的水準にも大きな差がないことが確認されています。
自閉症のある子どもについては、専門の医療機関で正式な診断を受けており、他の診断を併せ持たない子どもが対象となっています。
これは、自閉症の特性と共感や行動との関係を、できるだけ純粋に見るための配慮です。
調査は一度きりではありませんでした。
研究チームは、約9か月ごとに、合計3回、同じ質問紙調査を行いました。
つまり、同じ子どもが、思春期の中でどのように変化していくのかを追い続けた縦断研究です。
質問紙はすべて、子ども本人が回答しています。
親や教師の評価ではなく、「自分でどう感じ、どう行動していると認識しているか」を基準にしています。
共感については、国際的に用いられている質問紙を使い、感情的共感と認知的共感を別々に測定しました。
攻撃的な行動についても、具体的な行動の頻度だけでなく、「なぜその行動を取ったのか」という理由を尋ねることで、能動的攻撃と反応的攻撃を区別しています。
集められたデータは、単に平均を比べるだけではなく、同じ子どもの変化を扱える統計手法を用いて分析されました。
これにより、「もともと共感が高い子ども」と「時間とともに共感が高まった子ども」を区別して検討することができました。

まず明らかになったのは、感情的共感の強さそのものは、自閉症のある子どもとない子どもで大きく変わらないという点です。
「自閉症だから人の感情を感じない」という前提は、この結果によって支持されませんでした。
一方で、認知的共感については違いが見られました。
相手の感情の理由を理解する力は、自閉症のある思春期の子どもで、全体として低い傾向にありました。
また、攻撃的な行動の頻度そのものについては、自閉症の有無による大きな差はありませんでした。
能動的攻撃も反応的攻撃も、どちらか一方の集団で特別に多いということはなかったのです。
ここからが、この研究の核心です。
時間の経過を含めて分析したところ、自閉症のある思春期の子どもにおいてだけ、はっきりとした関係が現れました。
それは、感情的共感と反応的攻撃の結びつきです。
自閉症のある子どもでは、感情的共感が高いほど、あるいは時間とともに感情的共感が高まるほど、反応的攻撃が増えていく傾向が確認されました。
この関係は、自閉症のない子どもでは見られませんでした。
これは、「人の感情を強く感じ取ること」が、必ずしも落ち着いた行動につながるとは限らないことを示しています。
論文では、他人の感情に触れたとき、その感情が一気に自分の中に流れ込み、整理する前に限界に達してしまう可能性が指摘されています。
反応的攻撃は、そのような過程の中で生じていると考えられます。

一方で、認知的共感については、異なる役割が示されました。
認知的共感が高いほど、能動的攻撃は時間とともに減っていく。
この関係は、自閉症の有無にかかわらず共通して見られました。
相手の感情の理由を理解し、立場を考えることができると、相手を意図的に傷つける行動は抑えられやすくなる。
論文は、認知的共感が、能動的攻撃に対する抑制要因として働いている可能性を示しています。
つまり、自閉症のある思春期の子どもにおいては、
感情的共感は「多ければよい力」ではなく、ときに反応的攻撃を高める要因にもなり得る。
一方で、認知的共感は、自閉症の有無にかかわらず、能動的攻撃を抑える方向に働く。
共感は一枚岩ではなく、その種類によって、行動への影響は大きく異なります。
この研究は、その関係を、時間の流れの中で明確に示しました。
この結果は、自閉症のある子どもや当事者を「共感が足りない存在」と見る視点から離れることを促しています。
問題となっているのは、感じないことではなく、感じすぎた感情をどう処理するかという点なのかもしれません。
(出典:Nature Scientific Reports DOI: 10.1038/s41598-025-30360-3)(画像:たーとるうぃず)
共感できない、のではなく、共感しすぎている可能性。
大きな誤解はなくなってほしいと願います。
自閉症の人の中には「過剰に共感」ハイパーエンパシーの人もいる
(チャーリー)




























