この記事が含む Q&A
- 自閉症のある成人の手先の動きは、どの段階で特徴が現れるのですか?
- 力を入れる立ち上がり・力を保つ維持・力を抜く解放の三段階で、それぞれ異なる特徴が観察されました。
- 中年〜高齢の自閉症のある人にはどんな違いが見られますか?
- 中年層では力を保つときのばらつきが大きく、高齢層では全体的なタイミングや力の入れ始めの時間にも差が見られることが示されました。
- この研究の意義は何ですか?
- 手の精密把持の特徴を通じて、自閉症の身体的特性と神経ネットワークとの関連を中高年期にも示し、適切な支援につながる知見を提供しています。
年齢を重ねた自閉症のある大人たちは、手先の動かし方にどのような特徴を持っているのでしょうか。
この問いに真正面から向き合った研究が行われました。
研究を行ったのは、米フロリダ大学の神経認知・行動発達研究室を中心とする研究チームです。
研究には米ウィスコンシン大学マディソン校、フロリダ大学の神経学・生体医工学部門など、複数の研究組織が関わっています。
この研究が対象としたのは、30歳から73歳までの自閉症のある成人52人と、年齢や性別、知能指数などをそろえた自閉症のない成人56人です。
これまで、自閉症のある子どもや若年成人では「手先の運動のぎこちなさ」や「力の調整の難しさ」が報告されてきましたが、中年期以降の大人に焦点を当てた研究はほとんどありませんでした。

研究者たちは、日常生活の中でも頻繁に使われる「つまむ」「握る」といった動作に注目しました。
とくに今回は、「精密把持」と呼ばれる、親指と人差し指で物をつまみ、目で確認しながら力を調整する動作を、実験室で詳しく調べています。
参加者は椅子に座り、画面を見ながら専用の装置をつまみます。
画面には「どのくらいの力でつまむか」を示す目標が表示され、合図が出たらできるだけ早くつまみ、一定時間その力を保ち、合図とともにすばやく力を抜く、という課題です。
この一連の動作は、
・力を入れ始める「立ち上がり」
・力を保つ「維持」
・力を抜く「解放」
という三つの段階に分けて分析されました。
さらに研究では、
・必要とされる力の大きさを変える条件
・目から得られるフィードバックの量を変える条件
という二種類のテストが行われています。
その結果、自閉症のある成人には、いくつかの一貫した特徴が見られました。
まず、力を入れ始める段階です。
自閉症のある成人は、とくに弱い力が求められる条件で、目標よりも強く力を入れてしまう「オーバーシュート」が起きやすいことが分かりました。
また、力が安定するまでにかかる時間も、自閉症のない成人より長くなる傾向がありました。
一方で、力を維持する段階では、さらに明確な違いが見られました。
自閉症のある成人は、目標の力を保っている間の「ばらつき」が大きく、力が細かく揺れ動きやすい状態にありました。
この特徴は、力の強さを変えた場合でも、視覚的なフィードバックを強めたり弱めたりした場合でも、一貫して観察されています。
つまり、自閉症のある成人は、「一定の力を安定して保つ」という点で、より大きな変動を示していたのです。
興味深いのは、力を抜く段階での反応です。
自閉症のある成人は、合図が出てから力を抜き始めるまでの反応時間が、自閉症のない成人よりも短い、つまり「早く離す」傾向が見られました。
ただし、力を抜き終わるまでにかかる時間そのものには、大きな差はありませんでした。

研究者たちは、これらの結果が「動作が遅い」「不器用」といった単純な話ではないことを強調しています。
動作の各段階ごとに、異なる特徴が現れており、力を入れる、保つ、抜くというプロセスが、それぞれ別の神経的仕組みに支えられている可能性が示唆されました。
さらに研究では、年齢による違いにも注目しました。
参加者を「中年層」と「高齢層」に分けて分析したところ、中年層の自閉症のある成人では、とくに「力を保つときのばらつき」が目立っていました。
一方で高齢層になると、力の安定性だけでなく、力を入れ始めるまでの時間や動作全体のタイミングにも、より広い範囲での違いが見られるようになっていました。
また、自閉症のある成人の中では、年齢が高くなるほど、強い力を求められる条件での動作時間が長くなる傾向がありました。
さらに、繰り返し行動の強さを測る尺度と、「力を抜く反応の速さ」との間にも関連が見られています。
これらの関連は、自閉症の診断そのものや知能指数とは結びついていませんでした。
研究者たちは、手の運動の特徴と、自閉症の中核的特性である繰り返し行動とが、共通する神経ネットワークに支えられている可能性を示しています。

論文では、脳の中で運動の開始や終了を担う皮質と線条体のネットワーク、そして視覚情報と動作のズレを調整する小脳の働きが、こうした精密な手の動きに関わっていると説明されています。
これらの脳の領域は、これまで自閉症の特性とも深く関係していることが指摘されてきました。
この研究が示しているのは、自閉症のある人の運動の特徴が、子ども時代だけのものではなく、中年期や高齢期においても持続しているという事実です。
そしてそれは、「年を取ったから不器用になる」という単純な加齢の影響とは異なる形で現れていました。
精密把持という、一見すると地味な動作の分析から、自閉症のある成人の身体的な特性と、その背景にある神経の働きが、丁寧に浮かび上がってきます。
この研究は、これまであまり注目されてこなかった「中高年期の自閉症」における身体の特徴を、客観的なデータとして示した重要な報告と言えるでしょう。
(出典:AUTISM RESEARCH DOI:10.1002/aur.70154)(画像:たーとるうぃず)
そもそも、知能などにかかわらず、自閉症の方にこうした「手の動きのぎこちなさ」があることを知りませんでした。
適切な支援につながるよう、違いを知る研究は重要です。
自閉症の中年・高齢者に蓄積されていた深い心の負担と背景。研究
(チャーリー)




























