この記事が含む Q&A
- 学校に行けない状態は、怠けやわがままではなく強い不安やストレスによる学校回避を意味するのですか?
- はい、さぼりとは異なり「行きたいが行けない」状態として説明されています。
- 自閉症の子どもが学校で感じる主な負担にはどんなものがありますか?
- 社会的読み取りの難しさ・感覚過刺激・予測不能な変化への不安が挙げられます。
- どう対応すればよいですか?
- 環境を調整し、予測可能なスケジュール・視覚支援・静かな場所・段階的登校・信頼できる教師と家庭の連携を重視します。
朝になると、お腹が痛いと言う。
制服に着替えたのに、玄関で動けなくなる。
前の日の夜から、落ち着かない様子が続いている。
「どうして行けないの?」
「何がそんなにつらいの?」
「このままで将来は大丈夫?」
自閉症のある子どもを育てている親にとって、「学校に行けない」という状況は、とても重く、そして孤独な問題です。
ノルウェー科学技術大学社会教育学部を中心とした研究チームはこの問いに真正面から向き合いました。
この研究が伝えているのは、まずひとつの大切な前提です。
学校に行けないのは、怠けでも、わがままでも、親の育て方の問題でもない。
そこには理由がある、ということです。

研究では、学校回避といわゆる「さぼり」はまったく異なるものだと明確に述べられています。
さぼりは意図的な欠席であるのに対し、学校回避は強い不安やストレスによって「行きたいけれど行けない」状態です。
自閉症のある子どもは、学校という環境の中で、いくつもの見えない負担を抱えています。
まず、社会的な読み取りの難しさがあります。
冗談が冗談とわからない。
暗黙のルールが理解しづらい。
相手の表情や声のトーンから気持ちを推測することが難しい。
こうした社会的コミュニケーションの困難は、自閉症の中核的特徴として整理されています。
教室では、「空気を読む」ことが前提になっています。
グループワーク、休み時間、ちょっとしたやり取り。その一つひとつが、頭をフル回転させる作業になることがあります。
それは外からは見えません。
でも、本人の中では大きなエネルギーを消耗しています。

さらに、感覚の問題があります。
蛍光灯の光。
チャイムの音。
ざわざわとした話し声。
自閉症のある子どもは、光や音、匂い、触覚などの刺激に強く反応することがあります。
周囲には「普通」の刺激でも、本人には耐えがたいものになっている場合があります。
その状態で一日を過ごすことは、常に緊張したまま過ごすことに近いのかもしれません。
そして、変化への不安があります。
時間割の変更。
先生の交代。
急なテスト。
行事の練習。
自閉症のある子どもは、予測可能性を強く求める傾向があります。
予定外の出来事は、大きな不安を引き起こすことがあります。
小さな変化が、本人にとっては「世界が揺れる出来事」になることもあるのです。
こうした社会的負担、感覚的負担、予測できない変化が積み重なった結果、身体症状として現れることもあります。
研究では、朝の腹痛や頭痛、吐き気などが学校回避と関連することが指摘されています。
学校がない日は軽くなることもあるとされています。
それは仮病ではなく、心理的ストレスの表れである可能性があります。

親としては、焦ります。
このまま欠席が続いたらどうなるのか。
学力は。友達は。将来は。
この研究も、長期的な学校回避が学業や自己肯定感、社会的つながりに影響する可能性を示しています。
だからこそ、対応は重要です。
しかし同時に、無理やり登校させることが解決にならないことも指摘されています。
強制は、不安をさらに強める可能性があるからです。
では、どうすればよいのでしょうか。
この論文が繰り返し強調しているのは、「子どもを変える」のではなく、「環境を調整する」という視点です。
予測可能なスケジュールをつくる。
視覚的な支援を用いる。
静かに過ごせる場所を用意する。
段階的に学校に戻る。
安心できる教師との関係を築く。
とくに、教師との関係は大きな意味を持つとされています。
「この先生なら大丈夫」
そう思える大人が学校にいることは、強い保護因子になります。
また、学校と家庭の連携も重要だと論文は述べています。
親は家庭での姿を知り、教師は学校での姿を知っています。
両方の情報があってはじめて、子どもの全体像が見えてきます。

研究は、自閉症のある子どもを「弱い存在」とは描いていません。
むしろ、学校環境とのミスマッチが、学校回避を生み出している可能性を示しています。
インクルーシブ教育とは、同じ教室にいることではありません。
安心して過ごせること。
理解されていると感じられること。
それがあって初めて、参加が意味を持ちます。
もし今、あなたのお子さんが学校に行けなくなっているなら。
それは失敗ではありません。
終わりでもありません。
まずは、「なぜ行けないのか」を責めるのではなく、「何がそんなに負担なのか」を一緒に探ること。
この研究は、その出発点を示しています。
学校に行くことそのものが目標なのではなく、安心して生きられる状態をつくること。
そこから、ゆっくりと道は開けていくのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1724420)(画像:たーとるうぃず)
親としても、心配で心配で本当につらい。
けれど、本人はもっとつらいはずです。
「学校に行くことそのものが目標なのではなく、安心して生きられる状態をつくること」
その考えに戻って、何を優先するべきかあらためて考えてください。
悲観的になりすぎないでください。
(チャーリー)




























