
この記事が含む Q&A
- ADHDの薬物治療は自殺関連行動のリスクを減らす効果はあるのでしょうか?
- 初めて発生する自殺関連行動を約17%減らし、繰り返し発生する場合は約15%減らします。
- ADHDの薬物治療は薬物の誤用・乱用のリスクにも影響しますか?
- 初めて発生する場合は約15%減少、繰り返し発生する場合は約25%減少します。
- 薬物治療は年齢や性別で効果に差がありますか?
- 若年層や男性で効果がより顕著に、女性・成人でも一定の効果が認められました。
ADHD(注意欠如・多動症)と診断された人が、薬による治療を受けることで、その後の生活の中で起こるさまざまな出来事のリスクがどう変化するのかを調べた、大規模な研究が行われました。
対象となったのは、自傷や自殺につながる行動(自殺関連行動)、薬物の誤用や乱用、事故によるけが、交通事故、そして犯罪の関与といった出来事です。
これらは、ADHDのある人にとって日常の中で直面しやすい重大な問題であり、本人や家族にとって大きな負担となることがあります。
スウェーデンのカロリンスカ研究所らによるこの研究では、薬物治療を始めた人と始めなかった人を比較し、診断後2年間の間にこれらの出来事が「初めて発生する」場合と「繰り返し発生する」場合の両方について検討しました。
この研究はスウェーデンの全国的な人口記録と医療・法務関連の登録データを組み合わせて行われました。
対象は2007年から2020年までに新たにADHDと診断された6〜64歳の人たちで、合計148,581人が分析に含まれました。
診断時の年齢の中央値は17.4歳、女性は全体の41.3%でした。
このうち、診断から3か月以内に薬物治療を開始した人は84,282人で、最も多く処方された薬はメチルフェニデートでした。
薬を始めなかった人は残りの64,299人です。
研究チームは、両者の背景の違いをできる限り調整し、比較の公平性を保つようにしました。
分析の結果はこうなりました。
▫️「初めて発生する」出来事の結果(薬を開始した人 vs 開始しなかった人)
- 自殺関連行動:約17%少ない
- 薬物の誤用・乱用:約15%少ない
- 交通事故:約12%少ない
- 犯罪:約13%少ない
- けが:差は統計的に有意ではない
▫️「繰り返し発生する」出来事の結果(薬を開始した人 vs 開始しなかった人)
- 自殺関連行動:約15%少ない
- 薬物の誤用・乱用:約25%少ない
- けが:約4%少ない
- 交通事故:約16%少ない
- 犯罪:約25%少ない
このように、繰り返し起こる問題に対しても、薬物治療が抑制的に働く傾向が見られました。
とくに薬物の誤用・乱用や犯罪に関しては、減少幅が大きいことが特徴的でした。
研究チームはさらに、年齢や性別、ADHDと併存する他の精神的・身体的な病気の有無によって結果が変わるかどうかも検討しました。
その結果、薬物治療の効果は多くのサブグループで一貫して見られ、とくに若年層や男性では一部のリスク低減効果がより顕著になる傾向が確認されました。
一方で、女性や成人においても一定の効果があり、幅広い年齢層で薬物治療が有用である可能性が示されました。
この研究の強みは、対象となった人数が非常に多く、全国的な登録データを使っているため、現実に近い条件での結果が得られていることです。
また、薬を始めた人と始めなかった人を単純に比較するのではなく、両者の背景や健康状態、生活環境などの違いをできる限り揃える工夫をしているため、薬物治療そのものの影響をより正確に評価できています。
もちろん、この結果は薬物治療がすべての人に必ず効果をもたらすという意味ではありません。
ADHDの症状や生活上の困難は人によって異なり、薬物治療が合わない場合や、副作用が出る場合もあります。
実際、この研究では薬の種類や服用量、服薬の継続状況による違いまでは詳細に検討していません。
しかし、それでも今回の結果は、薬物治療が自殺関連行動や薬物の誤用、交通事故、犯罪といった重大なリスクを減らす可能性があることを、現実のデータで裏付けています。
ADHDのある人にとって、自殺関連行動や薬物乱用、交通事故、犯罪といった出来事は、本人の安全や将来に深刻な影響を与えるだけでなく、家族や周囲の人々にとっても大きな不安や負担となります。
今回の研究は、薬物治療がそうした出来事の発生を減らす可能性を示すことで、治療の選択肢を検討する際の重要な根拠になり得ます。
これまでの研究でも、ADHDに対する薬物治療は、注意力や衝動性の改善だけでなく、学業成績や対人関係の向上、安全運転の促進など、生活全般にわたるさまざまな改善と関係していることが示されてきました。
今回の大規模なスウェーデンでの研究は、それらの知見をさらに補強するものであり、薬物治療がもたらす効果の幅広さを示しています。
今後は、薬物治療の開始時期や継続期間、薬の種類の違いによる効果の差をさらに明らかにすることが求められます。
また、薬物治療だけでなく、心理的支援や行動療法、学習環境の調整などを組み合わせることで、さらに効果的にリスクを減らす方法を探ることが期待されます。
ADHDのある人が安心して生活し、将来の可能性を広げられるよう、多角的な支援の重要性があらためて示されたといえるでしょう。
(出典:BMJ DOI: 10.1136/bmj-2024-083658 )(画像:たーとるうぃず)
薬の力は偉大です。個人だけでなく、社会の健康も良くしてくれます。
受刑者のADHDの割合は一般の10倍以上。42研究の統合分析
(チャーリー)