
この記事が含む Q&A
- 自閉症の子どもで眠りが乱れる主な原因と、それが日中の不安やかんしゃくにつながる点は?
- 睡眠リズムの乱れやメラトニン分泌の乱れ、感覚過敏などが関与し、睡眠不足は日中の不安・かんしゃく・注意の散漫を悪化させ、家庭にも影響します。
- 就寝時の支援を進める際の基本的な順序は何ですか?
- 生活習慣の改善と眠りやすい環境づくり(睡眠衛生)を第一とし、それで改善が乏しければ行動療法を、さらに必要な場合に薬を補助的に用いる順序が推奨されます。
- 家庭で実践できる具体的な工夫と、記録を学校と共有する意味は?
- 就寝ルーティンの統一・寝室の静音暗さ・日中の運動・環境調整などを実践し、昨夜の睡眠時間や起きた回数などの記録を共有すると家庭と学校で一貫した支援が可能になります。
自閉症の子どもにとって眠りは、心身を休ませるだけでなく、脳の発達そのものを支える大切な営みです。
しかし研究によれば、自閉症の子どものうち最大で86%が日常的に睡眠の問題を経験しているとされています。
夜になかなか眠りにつけなかったり、夜中に何度も目を覚ましたり、朝が極端に早すぎたりといった問題が繰り返されます。
こうした睡眠不足は、昼間の不安やかんしゃく、落ち着きのなさや注意の散漫さを強め、家庭全体の負担を大きくします。
反対に、日中の強い不安やこだわりが夜の眠りを妨げることもあり、睡眠と行動は互いに悪循環をつくりやすいのです。
イタリアのメッシーナ大学の小児神経科と精神科の研究チームは、この悪循環を解くために、脳の働き、体内時計、感覚の特性、発達段階、そして家庭でできる工夫や医学的支援を整理しました。
眠りには大きく分けて2つの状態があります。
ひとつはノンレム睡眠と呼ばれる深い眠りで、脳の活動がゆるやかになり、体をしっかり休める時間です。
もうひとつはレム睡眠と呼ばれる浅い眠りで、夢を見ることが多く、脳が活発に働き、記憶や感情を整理する時間です。
これらは脳の中の神経伝達物質によって切り替えられており、松果体という器官から分泌されるメラトニンというホルモンが大きな役割を果たしています。
自閉症の子どもでは、このメラトニンの分泌リズムが乱れていることが多く、寝つきの悪さや途中覚醒の原因になると考えられています。
感覚の特性も眠りに影響します。
触覚や音、光に敏感な子どもでは、布団の肌触りや衣服のタグ、小さな物音や照明の光が眠りを妨げます。
研究では、感覚の過敏さ、とりわけ触覚の過敏さが睡眠の乱れと強く結びついていることが確認されました。
乳児期からの睡眠の問題は、その後の社会性や注意力の発達に影響する可能性があります。
たとえば、生後6か月から12か月のあいだに寝つきが悪かった子どもは、24か月になるころに社会的なやりとりの力が弱まる傾向があることが報告されています。
つまり、睡眠の問題は自閉症の発達の早期のサインとなりうるのです。
支援は段階的に行うことが推奨されています。
まずは生活習慣の改善と眠りやすい環境づくりです。これは「睡眠衛生」と呼ばれます。
具体的には、毎日同じ流れで寝る前の準備をする、寝室を暗く静かに保つ、昼間に体を十分動かす、といった工夫です。
それでも改善が乏しい場合には行動療法を取り入れ、それでもなお必要な場合に限って薬を補助的に用いるという順番が勧められています。
行動療法にはいくつかの工夫があります。
これは「眠りの習慣を少しずつ整えていくための方法」と考えるとわかりやすいです。
たとえば「消去法」というやり方では、子どもが夜に泣いたときに、すぐに抱っこや声かけをせずに少し様子を見ます。
最初は心配になりますが、子どもが自分で落ち着いて再び眠る力を育てるための練習になります。
「計画的覚醒」は、夜中に毎日ほぼ同じ時間に目を覚ます子どもに対して、その時間の少し前に親がそっと起こし、もう一度寝かせる方法です。
これを繰り返すと、目を覚ますリズムがくずれて、長く続けて眠れるようになっていきます。
「就寝時刻の漸進的調整」という方法は、眠れないままベッドにいる時間を減らす工夫です。
子どもの自然な眠気が強くなる時間に合わせて、寝る時刻を少しずつずらしていきます。
眠れる感覚をつかませることで、無理なく寝つけるようにしていきます。
「刺激の段階的縮小」では、寝るときに親が子どものそばにいなければ眠れない場合に役立ちます。
最初はすぐ横に座り、それから少し離れた場所に座るようにして、だんだん距離を広げていきます。
最終的には、子どもがひとりで安心して眠れるようになります。
どの方法もすぐに効果が出るわけではありません。
大切なのは、家庭で親があきらめずに一貫して続けることです。繰り返すことで子どもは「眠る力」を少しずつ身につけていきます。
感覚に敏感な子どもには、寝室の環境調整が役立ちます。
遮光カーテンで光を遮る、静かな環境を保つ、肌にやさしい寝具を選ぶ、日中の運動を増やす、といった工夫です。
重さのある布団が落ち着きを与える場合もありますが、安全に配慮して個別に試すことが求められます。
睡眠の問題が見られるときには、他の病気が隠れていないかを確認することも大切です。
睡眠時無呼吸やてんかん、むずむず脚症候群などは眠りを妨げる原因になります。
詳しく調べるには睡眠ポリグラフ検査が標準ですが、難しい場合は腕時計型の装置を用いることもできます。
また、血液検査でビタミンDや鉄、マグネシウムなどの不足を調べることも推奨されています。
薬の中でよく使われるのはメラトニンです。
即効型は寝つきを助け、徐放型は夜中の目覚めを減らします。2mgから始めて4割の子どもに効果があったという報告もあり、思春期までは最大でも5mg程度までとされています。
体内時計の遅れが原因の場合は、0.5mgを寝る2〜4時間前に飲むことで眠りのリズムを前にずらすことができます。
鉄不足も眠りに大きく関わります。
血液中のフェリチンが50ng/mL未満なら鉄剤の補充で改善することがあります。
とくに自閉症の子どもは偏食のために鉄不足になりやすく、眠りの問題がある場合には血液検査で確認することが勧められます。
サプリメントの中にはカルノシンなどが試されていますが、効果があったという報告もあれば逆に落ち着きにくくなったという報告もあり、結論は出ていません。
また、自閉症と重なりやすい注意欠如多動症(ADHD)も睡眠と関係します。
睡眠不足が多動や不注意を悪化させることがあり、逆に睡眠を整える行動療法がADHDの症状を軽減することもあります。
ここで、家庭や学校で役立つ具体的なチェックリストを紹介します。
【家庭での就寝ルーティンの工夫】
- 毎晩同じ順序で寝る前の準備を行う(歯みがき→絵本→消灯など)
- 寝室の明かりを落とし静かな時間をつくる
- 寝る1時間前にはテレビやスマートフォンをやめる
- 安心できるぬいぐるみや布を用意する
- 昼間に体を十分動かす
【環境調整の工夫】
- 遮光カーテンで光を遮る
- 耳栓やホワイトノイズで音を減らす
- 肌に合った寝具や衣服を選ぶ
- 匂いや洗剤の刺激を避ける
- 布団の重さを試すときは安全に注意する
【学校や支援先と共有できる記録例】
- 昨夜の睡眠時間と途中で起きた回数
- 朝の目覚めの様子
- 昼間の眠気の有無
- かんしゃくや不安の強さ
- 家庭での工夫(昼寝の調整、運動量など)
こうした記録を学校や支援者と共有すれば、家庭と学校で一貫した支援が可能になります。
眠りの問題は、自閉症の子どもにとって非常に一般的で、脳の発達や生活の質に直結します。
大切なのは、まず生活習慣と環境を整えること、次に行動療法を取り入れること、必要に応じて医学的な確認や補助的な薬を使うことです。
そして、学校や支援者と連携し、家庭と社会の両方で同じ方向を向いて取り組むことが成果につながります。
眠りを守ることは、子どもの未来を支えることそのものなのです。
(出典:brain sciences DOI:10.3390/brainsci15090983 )(画像:たーとるうぃず)
うちの子はメラトニンを飲むようになってから、よく寝てくれるようになりました。
それからは、私の朝のつらさや日中の睡魔もずいぶん減って、本当に助かりました。
(チャーリー)