
この記事が含む Q&A
- SDMとはどんな考え方ですか?
- 学級を一つの社会集団と捉え、全体・一部・個別の三段階で支援を考える枠組みです。
- なぜユニバーサルな支援が重視されるのですか?
- クラス全体の安心できる雰囲気づくりが、知的障害のある生徒の社会的参加を支えるためです。
- 協力の重要性についてはどう述べられていますか?
- 教師同士や外部専門家などの協力が、個別支援を効果的に実現する鍵とされています。
ドイツのハイデルベルク教育大学の研究チームは、中等教育の学級において、知的障害のある生徒がどのように仲間と関わり、受け入れられ、社会的に参加できているのかを探るために調査を行いました。
研究の中心になったのは「教師が日常の中でどんな工夫をしているのか」という点です。
研究者たちは、25校で働く30人の教師に、オンラインで「ある程度決まった質問をしながら、自由に答えてもらう形式の聞き取り」を行いました。
その結果、教師たちが現場で使っている工夫が3102件も集まりました。
調査の背景には、知的障害のある生徒が勉強の面では成果を上げていても、友だちとのつながりやクラスの中での居場所を見つけるのが難しいという現実があります。
とくに思春期は、友だち関係や仲間からの承認が、自己肯定感や将来の自信に深く関わる時期です。
しかし、研究では知的障害のある生徒が仲間から拒否されたり、孤立したりするリスクが高いことが繰り返し指摘されてきました。
この問題にどう向き合うかは、インクルーシブ教育の大きな課題なのです。
研究チームは、アメリカの教育心理学者トーマス・W・ファーマーらが提案した「ソーシャル・ダイナミクス・マネジメント(SDM)」という考え方を土台にしました。
この枠組みでは、学級を一つの社会集団と見なし、三つの段階で支援を考えます。
第一は「ユニバーサルな支援」で、クラス全体を対象とした雰囲気づくりや活動です。
第二は「セレクテッドな支援」で、孤立しそうな一部の生徒に向けたさりげない働きかけです。
第三は「インディケーテッドな支援」で、すでに深刻な孤立を経験している生徒に対して個別的な強い支援を行います。
教師たちの語りからは、この三つの段階すべてにわたる工夫が見えてきました。
ただし、それぞれの段階で出てきた方法の数や質には違いがありました。
まず「ユニバーサルな支援」、つまりクラス全体を対象にした取り組みがもっとも多く語られました。
教師の声を聞くと、その臨場感がよく伝わってきます。
* 「みんなが平等に意見を言えるように、あえて階層的な雰囲気をなくすようにしています。誰かが上に立つというより、全員が対等に話せる空気を大切にしています」
* 「授業中は、グループや小さなチームを組むときに、普段は一緒にいない子どもたちを混ぜるようにしています。自然と交流が生まれるんです」
* 「リーダー役は毎回変えます。いつも同じ子が中心になると、他の子が置いていかれるので」
* 「私は、授業で誰もが自分の強みを生かせる役割を持てるように工夫しています。たとえば絵を描くのが得意な子にはポスター作りを任せます」
こうした工夫は、知的障害のある生徒だけでなく、クラス全員にとって安心できる環境づくりに直結していました。
次に「セレクテッドな支援」、つまり孤立のリスクがある一部の生徒に向けた工夫についてです。ここでは教師が「直感的に」行うことが多いことが明らかになりました。
* 「いつも一人になりがちな子がいます。グループを作るときに、人気のある子とさりげなく一緒にするようにしています」
* 「自信をなくしやすい子には、発表の場面で『これならできる』と思える小さな成功を経験させるようにしています」
* 「目立たない形でリーダー格の子に頼むんです。『あの子を気にかけて』と伝えて、自然に輪に入れてもらうようにします」
* 「これは直感でやっている部分が大きいです。状況を見て、その場でどうすればいいかを判断しています」
教師たちは「経験からなんとなく判断している」と語ることが多く、体系的な方法は十分に確立されていませんでした。
そして「インディケーテッドな支援」、すでに孤立や排除を経験している生徒への個別対応については、さまざまな具体例が出ました。
* 「強く孤立してしまっている子には、クラス全体の前ではなく、少人数や個別の場で話をします。そうすると安心して気持ちを出せます」
* 「いじめを受けている生徒のために、学校内に『静かに過ごせる特別な場所』を用意しました」
* 「毎朝、短くてもいいからその子と面談して『今日はどう?』と聞くようにしています。そうすることで孤立感を少し減らせます」
* 「一人では無理なので、特別支援の先生やソーシャルワーカーと協力して、その子を支えるチームを作ります」
* 「正直、カタログのような方法はありません。直感的に、その場で必要なことをやるしかないと思っています」
ここでは、体系立てられた方法の不足が顕著でした。
教師たちは「とにかくやってみるしかない」という感覚で動いており、診断的な評価や計画的な手法はあまり使われていませんでした。
さらに、研究ではSDMモデルに含まれていなかった二つの大事な要素も浮かび上がりました。
一つは「教師の価値観や信念」です。
* 「すべての子がこの場に属している、という思いを持つことが大事です。これは具体的な技術以上に影響力があります」
* 「教師は自分が思っている以上に力を持っています。大切なのは態度や感覚で、子どもたちの真ん中に座っているという気持ちです」
* 「障害や違いを特別視するのではなく、自然な形で『多様性は当たり前』と子どもたちに伝えています」
もう一つは「協力」です。教師たちは次のように語りました。
* 「チームで働くと、物事がうまく進むんです。いろんな視点を持ち寄れるから、解決策が見つかりやすい」
* 「特別支援の先生と一緒に授業を計画すると、自分だけでは気づけない工夫が出てきます」
* 「スクールソーシャルワーカーや保護者と連携して、その子が学校と家庭の両方で安心できるようにしています」
* 「一人で全部を背負うのは無理です。だから、同僚や外部の専門家と協力することが大切なんです」
このような発言からも、教師の努力だけではなく、学校全体や外部の力を巻き込んだ協力体制が不可欠であることが浮き彫りになりました。
結果として、研究チームは「インクルーシブ教育は一人の教師の工夫で実現するものではない」と結論づけました。
ユニバーサルな取り組み、セレクテッドな早期介入、インディケーテッドな個別対応に加え、教師の信念と協力の姿勢が重要であると強調しました。
つまり、学習の場での成功と同じくらい大切なのは「友だちがいる」「ここに自分の居場所がある」と感じられることです。
そのために教師たちは、座席の並べ方から、グループ活動の調整、発表の場の工夫、外部との協力、そして自らの価値観の持ち方まで、具体的で多様な工夫を重ねています。
この研究は、知的障害のある生徒の社会的参加をどう支えていくかを考えるうえで、多くの生きた声と具体例を示すものとなりました。
(出典:disabilities DOI:10.3390/disabilities5040085)(画像:たーとるうぃず)
>学習の場での成功と同じくらい大切なのは「友だちがいる」「ここに自分の居場所がある」と感じられること
そのとおりだと思います。
学校に通わなければならない子どもたちにとって、まずそれらだと思います。
それらがあってこそ、学ぶことができます。
先生たちには何よりも優先してほしい。お願いします。
(チャーリー)