
この記事が含む Q&A
- ADHDの人が腸の病気になるリスクは高まりますか?
- 研究では、特に過敏性腸症候群(IBS)にかかるリスクが約1.63倍高いと示されています。
- なぜADHDの人はIBSになりやすいと考えられているのですか?
- 腸内細菌が脳や神経に影響を与え、腸と脳の「腸脳相関」が関係している可能性があります。
- ADHDと腸の健康を改善するにはどうすれば良いですか?
- 食事や生活習慣の見直し、プロバイオティクスやプレバイオティクスの取り入れ、医療専門家への相談がおすすめです。
ADHD(注意欠如・多動症)と腸の病気が、実は思った以上に深く結びついているかもしれません。
2025年6月に国際共同研究チームが発表した大規模な系統的レビューとメタアナリシスは、このテーマに新たな視点をもたらしています。
ADHDは、子どもの頃から落ち着きがない、集中できない、じっとしていられないなどの症状が特徴で、幼少期に発症しやすく、大人になっても続くことの多い神経発達症の一つです。
世界的には、子どもの3.4%から14%、大人ではおよそ6.7%がADHDに該当するとされています。
ADHDの方が抱える問題は、単なる「落ち着きのなさ」だけではありません。たとえば、たばこやアルコールへの依存、衝動的な行動、運転中のリスク、うつ傾向や自殺のリスクなど、多様な課題が報告されています。
これらは、当事者や家族、社会全体にとって大きな経済的・心理的負担となります。最近では、「ADHDの人は身体のさまざまな病気にもなりやすいのではないか」という観点から、心と体のつながりを探る研究が盛んに行われています。
その中でも今回の論文は、とくに腸に注目しています。
腸は「第二の脳」とも呼ばれ、脳と密接なつながりを持つ器官です。
腸内には数百兆個もの微生物=腸内細菌(マイクロバイオーム)が存在し、これらが作り出す物質が血液や神経を介して脳にも影響を与えています。
こうした腸と脳の双方向のやり取りは「腸脳相関」と呼ばれています。
腸内細菌のバランスが崩れると、便秘や下痢、膨満感などの消化器症状だけでなく、自閉スペクトラム症やパーキンソン病、アルツハイマー病など神経や精神の病気にも関係するのではないかと考えられています。
ADHDもその例外ではなく、腸の状態がADHDの症状や合併症に影響する可能性があるという仮説が提唱されています。
今回の研究は、香港の研究チームを中心とした国際共同グループによって行われました。
英語で発表された信頼できる論文のみを対象に、EMBASEやMEDLINE、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを徹底的に検索しました。
最終的に選ばれたのは2000年代から2020年代に発表された11本の研究で、これらはアジア(中国、イスラエル、イラン、台湾など)、ヨーロッパ(ノルウェー、トルコ、オランダ)、北米(アメリカ)といった多様な地域から集められています。
これら11本の論文には合計385万1163人(ADHDあり17万5806人、ADHDなし367万5357人)という、極めて大規模なデータが含まれていました。
研究デザインもさまざまで、コホート研究、ケースコントロール研究、横断研究など、医学的に信頼性の高いものばかりです。
ADHDの診断は、世界保健機関のICD-9やアメリカ精神医学会のDSMなど、国際的な診断基準に従って行われていました。
各研究ごとに診断の厳密さや調査対象の年齢、追跡期間、使われたデータベースなどが異なりますが、全体として質の高い研究が多かったと評価されています。
11本の研究データを統合した結果、ADHDの人は腸の病気全般にかかるリスクがやや高い傾向があることがわかりました。
しかし、全体としては統計的に有意な差とは言えず、研究によって差が大きいのも事実です。
ただし腸の病気の中でもとくに「過敏性腸症候群(IBS)」に着目すると、ADHDの人はIBSにかかるリスクが1.63倍(95%信頼区間1.45~1.83)と高いことが明らかになりました。
これは統計的にも明確な関連性があると判断できる結果です。
IBSは、検査では異常が見つからないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感、下痢や便秘などの症状が繰り返される病気です。
生活の質を大きく下げる疾患として世界的に注目されています。
IBS以外の腸の病気、例えば炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)、セリアック病(グルテン不耐症)、便秘などについては、明確な関連性は見つかりませんでした。
地域ごとの分析でも、ADHDと腸疾患の関連に違いが見られました。
東地中海地域(イランなど)では、ADHDの人が腸の病気にかかるリスクが3.03倍(1.53~5.99)、アメリカ地域では2.20倍(1.05~4.63)、ヨーロッパ地域では1.04倍(0.44~2.41)、西太平洋地域(アジアを含む)では0.68倍(0.25~1.87)という結果でした。
中東やアメリカでとくに強い関連が見られ、アジア圏ではあまり顕著ではなかったことが示されています。
ただし、これらの地域差は統計的に有意とまでは言えず、「その傾向が見られる」という段階です。
なぜADHDの人にIBSが多いのでしょうか。
研究チームは、腸内細菌(マイクロバイオーム)がそのカギを握っている可能性を指摘しています。
腸内細菌のバランスが崩れると、便秘や下痢、膨満感だけでなく、脳の神経伝達物質や炎症反応にまで影響を与えることが明らかになってきました。
ADHDの人では、ディアリスターやメガモナスという菌が多く、アナエロタエニアやグラシリバクターという菌が少ないという腸内細菌の特徴が報告されています。
また、IBS患者では腸内の多様性が低下し、グラム陰性菌が増加し、短鎖脂肪酸に関わる経路が減るなどの特徴も知られています。
これらの変化が脳への信号伝達や炎症、免疫応答に複雑に関与し、「おなか」と「こころ」の双方の病気を引き起こす可能性があると考えられています。
実際に、「ADHDや自閉症の子どもは、健常児よりも便秘やお腹の張りを訴えることが多い」といった報告もあります。
また、ADHD治療薬(メチルフェニデートなど)は腹痛などの副作用を引き起こすことも知られており、腸の状態が薬の効き方や副作用に影響している可能性も否定できません。
腸内細菌を整えることで、ADHDやIBSの症状改善につながるかどうかにも注目が集まっています。
たとえば、プロバイオティクス(善玉菌)やプレバイオティクス(善玉菌のエサ)を使った腸内細菌の調整が、ADHDの症状や炎症マーカーを改善したという報告も出ています。
ADHD治療薬との併用で治療効果が高まる場合もあるようです。
ただし現時点では大規模な臨床試験が十分ではなく、今後の研究が期待されます。
ADHDとIBSの関連が疑われる場合、精神科や小児科だけでなく消化器科との連携や、日々の腸の健康を意識した生活も重要かもしれません。
今回のメタアナリシスにはいくつかの限界があります。
たとえば、参加した研究の約半数がアジア地域からであり、結果を世界全体に一般化するには注意が必要です。
対象者の年齢や診断基準、研究デザインにはばらつきがありました。
たとえば、ICDはDSMよりも診断が厳密であるため、診断基準の違いも結果に影響を及ぼす可能性があります。
また、一部の疾患や地域ではサンプル数が少なく、信頼性にも限界があるとされています。
さらに、多くの研究が回顧的なデザイン(既存のデータを再解析)であったため、記録漏れやバイアスの影響も考えられます。
こうした点をふまえ、「腸とこころ」のつながりについては、今後もさらに質の高い研究が求められます。
とくに、腸内細菌が神経伝達物質や代謝、炎症をどのように介してADHDやIBSに関わるのか、基礎研究と臨床研究の両面からの解明が期待されています。
この大規模メタアナリシスから明らかになったのは、「ADHDの人は過敏性腸症候群(IBS)になりやすい」という有意な関連があることです。
一方で、炎症性腸疾患や便秘、セリアック病など他の腸疾患とは明確な関係は認められませんでした。
その背景には、腸内細菌(マイクロバイオーム)と脳をつなぐ複雑なネットワーク、いわゆる腸脳相関が関わっている可能性があります。「おなか」と「こころ」は思った以上に深く、互いに影響し合っているのかもしれません。
これからADHDや腸の症状で悩む方やその家族、医療従事者にとって、「腸の健康」を見直すきっかけになる可能性があります。
日々の食事や生活習慣、必要に応じた医療相談を大切にしながら、「自分らしさ」と「おなかの調子」の両方を大切にできる社会へ。そうした新しい視点が、今後の医療や支援に広がっていくことが期待されます。
(出典:Nature)(画像:たーとるうぃず)
自閉症については、腸との関連を伝える研究をこれまでにも複数お伝えしてきましたが、ADHDについてもそうなのですね。
「ADHDの人は過敏性腸症候群(IBS)になりやすい」
知っておいていただきたいと思います。
(チャーリー)