
この記事が含む Q&A
- 自閉症の大人は物語の予測の仕方にどんな特徴が見られますか?
- 非社会的な単純な物語では予測が遅れる傾向がある一方、複雑な仮定を含む物語では早く正しい予測をする傾向があります。
- 社会的な物語と非社会的な物語では予測の傾向にどう違いがありますか?
- 非社会的場面では遅れがちですが、オープンな好みが示される社会的場面では早く予測することが多く、秘密を含む場面では予測が難しく停止傾向があります。
- この研究の意義は何ですか?
- 自閉症の人は予測が「できない」ではなく、状況に応じて強みを発揮する可能性があると示し、教育・支援の新しい視点を提供します。
物語を読むとき、次に何が起きるのかを予想する力はとても大切です。
人はストーリーの流れの中で、登場人物がどう行動するのか、どんな出来事が起こるのかを先取りしながら理解を深めています。
今回、ドイツのヴュルツブルク大学とイギリスのケント大学の研究者たちは、自閉症の大人が物語を読むときに、未来の展開をどのように予想するのかを調べました。
その結果、自閉症の人は社会的な場面に限らず、物語の種類によって独自の予測のしかたをしていることがわかりました。
研究では25人の自閉症の大人と25人の神経発達に特性のない大人が参加しました。
年齢や性別、IQはそろえてありました。
参加者は物語を聞きながら、画面に表示された4枚の絵を見ます。
その中には、これから起こるかもしれない展開に合った絵が含まれています。
たとえば「ネコは肉食だからエサ代が高い」という事実に基づく文に続いて「ネコに魚をあげた」という展開が示されると、参加者は魚の絵に視線を向けるはずです。
こうして、目の動きを追跡することで、登場人物や状況からどのように先の展開を予想しているかを測定しました。
物語には二つの種類がありました。
ひとつは「非社会的な物語」で、動物や日常の事実に基づいた単純な展開(シンプル)と、現実とは違う仮定を含む複雑な展開(カウンターファクチュアル)がありました。もうひとつは「社会的な物語」で、人の好みをオープンにしている場合(シンプル)と、それを秘密にしている場合(複雑)がありました。
つまり、全部で四つの難易度の違う物語が用意されたのです。
結果はとても興味深いものでした。
まず、非社会的でシンプルな物語では、自閉症の大人は神経発達に特性のない大人よりも予測が遅れる傾向がありました。
たとえば「ネコは肉食」という当たり前の事実に基づいて「魚を食べる」という展開を想像するのに時間がかかったのです。
しかし一方で、現実とは異なる仮定を含む複雑な物語、たとえば「もしネコがベジタリアンだったら」という状況では、自閉症の大人の方が早く正しい予測をしていました。
つまり、現実をそのまま前提にするよりも、想像上の世界を受け入れる場面で優れていたのです。
社会的な物語では逆の傾向も見られました。誰かが自分の好みを隠さずにいる「オープン」な場面では、自閉症の大人は早い段階からその人の行動を予測していました。
たとえば「トムはピンクが好きだといつも話している」と聞けば、「ピンクの車を買う」という展開をいち早く察していたのです。
しかし「トムはピンクが好きだと隠している」という秘密の文脈になると、どちらのグループも予測は難しく、特に自閉症の大人は予測を停止して、次の情報を待つ傾向がありました。
神経発達に特性のない大人は、逆に「本当の好み」を知っていることで現実の知識に引きずられ、予測が遅れることがありました。
この結果は、自閉症の人が必ずしも予測が弱いわけではなく、むしろ物語の種類によって強みを発揮することを示しています。
現実の知識にあまり縛られず、想像上の展開を柔軟に受け入れることができるのです。
一方で、当たり前の現実に基づいた単純な物語では、予測が遅れることがあるという特徴も見られました。
研究者たちはこれを「現実世界に強く縛られない認知スタイル」と解釈しています。
つまり、自閉症の人は現実と想像を切り分けるよりも、想像を柔軟に広げる戦略をとっている可能性があるというのです。
この発見は、自閉症の物語理解を考える上で重要です。
従来は自閉症の人は物語を理解するのが苦手だとされてきましたが、それは一面的な見方にすぎないかもしれません。
実際には、自閉症の人は複雑な仮定や想像上の展開を素早く取り込む力を持ち、独自の理解の仕方をしているのです。
物語の理解を「できる・できない」で測るのではなく、「どういう状況で強みが発揮されるか」を見ていくことが大切になります。
また、この研究は、自閉症の人が日常生活で直面するコミュニケーションの特徴とも関わっているかもしれません。
たとえば、相手の意図や秘密を複雑に推測する場面では予測が止まってしまう一方で、創作や想像を必要とする場面では柔軟さを発揮できる可能性があります。
このような知見は教育や支援にもつながります。
現実に基づく単純なタスクでは少し時間をかける配慮が必要かもしれませんが、逆に創造的な活動では強みを伸ばせるかもしれません。
研究の参加者は正式に診断を受けた自閉症の大人と診断のない大人でした。
参加者の目の動きは高精度のアイ・トラッカーを使って記録され、物語の文脈と行動の予測がどのように結びついているかが統計的に分析されました。
すべてのデータと実験材料は公開されており、透明性の高い形で共有されています。
この研究が示すのは、「自閉症の人は物語を理解できない」という単純な図式ではなく、予測のしかたに独自の傾向があるということです。
現実世界の知識にとらわれすぎず、むしろ想像の世界に柔軟に適応できる姿勢は、制約ではなく一つの強みとしてとらえ直すことができます。
物語理解をめぐる研究は、自閉症の人の認知のあり方を理解する手がかりとなり、教育や支援の方法に新しい視点を与えてくれるでしょう。
(出典:Journal of Autism and Developmental Disorders DOI: 10.1007/s10803-025-07037-x)(画像:たーとるうぃず)
「現実に基づく単純なタスクでは少し時間をかける配慮が必要かもしれませんが、逆に創造的な活動では強みを伸ばせるかもしれません。」
こうした理解は、自閉症の方だけでなく、人類にとって良いはずです。
(チャーリー)