この記事が含む Q&A
- 自閉症の子どもにとって遊び環境で最も重要な要素は何ですか?
- 安全性が最も高い重みづけで重要と評価されました。
- 次に重要とされた要素は何ですか?
- 感覚に配慮した設計が次に高い重みづけと評価されました。
- 広さや個別の調整の優先度はどうでしたか?
- 優先度は低めですが、不要というわけではなく安全性や感覚の安定が前提となります。
自閉症のある子どもにとって、遊びの環境は「ただの遊び場」ではありません。
気持ちを落ち着け、安心して活動できる場所であり、自分のペースで関わり方を練習できる、小さな社会そのものです。
しかし、どんな遊び場所が子どもたちにとって本当に心地よく、安全で、成長につながるのか。
これを科学的に評価する仕組みは、実は世界でもまだ十分に整っていません。
今回、中国の長江デルタ地域にある自閉症専門学校を対象に、遊び環境のデザイン要素を体系的に“見える化”する研究が、ユニバーシティ・テクノロジー・マレーシアの研究チームによって行われました。
調査には、合計4つの自閉症専門学校が協力し、それぞれの遊び場の特徴を細かく比べながら、「どのデザイン要素が子どもたちにとってもっとも重要なのか」を明らかにしています。
この研究が特徴的なのは、「AHP(階層分析法)」と「GRA(グレー関係分析)」という2つの分析手法を組み合わせている点です。
AHPは、「どの要素がどれくらい大事なのか」を専門家が比較しながら重みづけする方法です。
一方GRAは、「各学校の遊び環境が、お手本となる理想の状態にどれくらい近いか」を数値で比較できる手法です。
この2つを合わせることで、感覚に頼らず、デザインの優先順位と実際の環境の質をどちらも定量的に評価できるようになりました。
研究チームはまず、遊び環境を左右する10の要素をリストアップしています。
- ゾーン分け
- レイアウト
- 広さ
- 安全性
- 感覚に配慮した設備
- 感覚刺激の一貫性
- 遊具や設備
- 個別の調整のしやすさ(パーソナライゼーション)
- 交流を促す仕掛け
- 文化的な要素
これらは、これまでの自閉症研究や空間デザインの理論などを丁寧に整理したうえでまとめられています。

15名の専門家がこれら10要素を比較し、「自閉症の子どもにとって、何がもっとも重要か」を数値化しました。
その結果、圧倒的に重要だと判断されたのは「安全性」です。
自閉症の子どもは、危険を予測するのが難しい場合があるため、滑りにくい床、角の丸い遊具、分かりやすい動線など「事故を防ぐ仕組み」が欠かせません。
研究では安全性が他の要素を大きく上回り、もっとも高い重みづけとなっています。
次に重要性が高かったのが「感覚に配慮した設計」です。
音や光、色の変化が強すぎると、子どもたちは不安になったり、活動に集中しづらくなったりすることがあります。
反対に、やさしい色調、自然光の入り方、柔らかい音環境などは、子どもたちの気持ちを落ち着け、遊びややり取りへ向かいやすくします。
この「感覚の負担を減らす工夫」は遊び環境の質を左右する重要ポイントとして扱われました。
一方で、「広さ」や「個別の調整ができる仕組み」などは、比較的優先順位が低く出ています。
もちろん、広いスペースがあるに越したことはありません。
しかし専門家の評価では、「広さよりも、安全性や感覚に関する配慮のほうが、子どもの安心と活動の質に直結する」という判断が示されたことになります。
また、個別に空間をカスタマイズできる仕組みも大切ではあるものの、他の要素に比べると優先度は低めでした。
さらに研究では、30名の評価者(教師、療育専門家、心理士、学校管理者、建築の専門家、社会福祉の専門家)が4つの学校を実際に観察し、10の要素ごとに点数をつけています。
この評価にAHPで求めた重みづけをかけ、GRAで「理想の環境との近さ」を計算しました。
その結果、もっとも理想に近い環境と評価されたのは「学校B」でした。
学校Bは学習・療育・遊びを明確にゾーン分けしており、動線がわかりやすく、安全性への配慮も行き届いていました。
また、感覚への配慮(光・色・音の扱いなど)も比較的高い水準で整っていたことが評価されています。
学校Aは伝統的な庭園のようなデザインを取り入れ、視覚的には落ち着いた環境を整えていましたが、設備の老朽化や空間の狭さが弱点となりました。
学校Cはスポーツに強みがあり、自然の要素も取り入れていましたが、遊びの種類が限られているため、多様な活動にはやや課題が残っていました。
学校Dはコンパクトな校舎を工夫して使っていましたが、遊び設備のバリエーションが少なく、空間の広がりを感じにくい点が評価に影響したようです。
これらの結果から研究チームは、「自閉症の子どもの遊び環境で最重要なのは、安全性と感覚のコントロールである」と結論づけています。
これは、感覚の過敏さや予測の難しさが日々の活動に影響しやすい子どもたちにとって、まず安心できる環境が必要であることを示しています。
逆に言えば、遊具の種類や広さが多少限られていても、安全で落ち着ける空間であれば、子どもはその中で安心して遊びや交流を深められるということです。
また、この研究が意味している大きなポイントは、「遊び場の良し悪しは、その場にいる人だけの感覚では判断しにくい」ということです。
広い・新しい・楽しそうといった印象だけでなく、実際に子どもがどう感じ、どれほど安心して行動できるか。
そのためには、安全への配慮、感覚の刺激の強弱、動線の明確さなど、目に見える部分も見えない部分も含めて総合的に考えなければなりません。

研究は、現状の遊び環境にまだ改善の余地が多いことも示しています。
たとえば、多くの学校で「感覚刺激の一貫性」が十分とは言えませんでした。
廊下と教室で照明が急に変わる、外の音が特定の場所だけ響きやすい、といった“突然の変化”が、子どもたちにストレスを与える可能性があります。
また、遊びのための設備を増やすというよりも、「安全に遊べる工夫」「落ち着いて休めるスペース」「活動に合わせて刺激を選べる空間づくり」など、環境の質を調整することのほうが重要であることが示されています。
一方、研究で明らかになった優先度の低い要素(広さやパーソナライゼーション)も、決して不要というわけではありません。
むしろ、安全性や感覚の配慮が整っている前提であれば、子どもが自分の好きな物を置いたり、個別の小さな空間で安心感を得たりする工夫は確実に役立ちます。
ただし、この研究が示すのは「何よりもまず安全と感覚の安定がないと、ほかの良い要素も活きてこない」ということです。
さらに研究は、文化的な要素の活用についても触れています。
学校Aが取り入れていた庭園風のデザインは、地域の文化的背景を反映したもので、子どもにとっても親しみやすい環境づくりに役立っていました。
ただ、文化的な要素は優先順位としては中程度に位置づけられました。
つまり、「あれば魅力的だが、それがなくても安全性や感覚の安定ほど大きな影響はない」という位置づけです。

この研究の意義は、「自閉症の子どもの遊び環境をどう整えるべきか」という問いに対し、直感ではなく、専門家の知見と定量データを組み合わせた評価基準を提示した点にあります。
学校づくりに関わる設計者や行政、そして支援者にとって、明確な優先順位を知ることはとても有益です。
すべてを一度に改善することはできない現実のなかで、まず取り組むべきポイントを科学的に示してくれるからです。
たとえば、「遊具を増やす」より先に「動線の見直し」や「光・音の調整」を優先することは、予算が限られたなかでも子どもの生活の質を大きく改善できます。
また、広さが限られた学校でも、安全に配慮したレイアウトや感覚にやさしい環境があれば、十分に心地よい遊び空間をつくることができます。
こうした“小さくてもできる改善”を示せる点も、この研究の強みだと言えます。
最後に研究チームは、今回の評価には限界もあると述べています。
子ども本人の視点や行動データを直接測定したわけではなく、専門家の評価を中心にした分析であるため、今後は子ども自身の反応を加えたより総合的な研究が必要だとしています。
とはいえ、現段階でも「何を大事にして環境を整えるべきか」を具体的に示す力のある研究です。
自閉症の子どもが安心できる環境は、子どもが自分らしくいられる場所であり、挑戦したい気持ちを育てる土台にもなります。
安全であり、感覚にやさしく、わかりやすい空間。一見シンプルに思えるこれらの特徴は、実際には高度な配慮と工夫によって支えられています。
この研究は、その「考えるべきポイント」を整理し、学校現場がより良い環境づくりに取り組むための確かな指針を示してくれています。
(出典:Nature Scientific Reports DOI: 10.1038/s41598-025-27376-0)(画像:たーとるうぃず)
「遊具の種類や広さが多少限られていても、安全で落ち着ける空間であれば、子どもはその中で安心して遊びや交流を深められる」
何よりもまず「安全」です。
そして、ハード面だけの話でなく、人が集まる場では「心理的安全性」も。
(チャーリー)




























